そらソラ空、2/6はつづきますw
〜わたしはデジカメ事件を忘れるべく、飛行機機内で途中の本を一気に終わらせた〜 ところが、この本は哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品でした。 こころのもやもやを更に増大させてしまう結果になってしまったのです…
『ノルウェイの森』 村上春樹 限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。
映画にもなった伝説の小説のひとつです。 だからこそ映画を見る気はまったくありませんでした。 文章と映像の違いはイメージが限定されること。 映像は見ているだけでよく、情景想像力を働かせなくていいからです。
しかし何はともあれ、私は一時に比べるとずいぶん回復したように自分でも 感じますし、まわりの人々もそれを認めてくれます。 こんな風に落ちついて手紙を書けるのも久しぶりのことです。 七月にあなたに出した手紙は身をしぼるような思いで書いたのですが (正直言って何を書いたのか全然思いだせません。ひどい手紙じゃなかったかしら?) 今回はすごく落ちついて書いています。 きれいな空気、外界から遮断された静かな世界、規則正しい生活、毎日の運動、 そういうものがやはり私には必要だったようです。 誰かに手紙を書けるというのはいいものですね。 誰かに自分の思いを伝えたいと思い、机の前に座ってペンをとり、 こうして文章が書けるということは本当に素敵です。 もちろん文章にしてみると自分の言いたいことのほんの一部しか 表現できないのだけれど、でもそれでもかまいません。 誰かに何かを書いてみたいという気持ちになれるだけで今の私には幸せなのです。
わたしはこの文章とほとんど同じ体験をしています。 人に想いを伝えることが“できる”ということは本当に素敵なことだからです。 それに何ヶ月も治療を受けていると、いやでも分析的になってしまうものなのです。
何かがこうなったのはこういうせいだ そしてそれはこれを意味し、それ故にこうなのだ、とかね
ここもまったく同じ見解です。 おもしろかったのはこっち。
世の中にはそういう人っているのよ 素晴らしい才能に恵まれながら、それを体系化するための努力ができないで、 才能を細かくまきちらして終わってしまう人たちがね 彼らはそこから先には行けないわけ 何故行けないか? 行く努力をしないからよ 努力する訓練を叩き込まれていないからよ 下手に才能があって小さい頃から努力しなくてもけっこう上手くやれて みんなが凄い凄いって誉めてくれるものだから、 努力なんてものが下らなく見えちゃうのね
他者からあたえられず、自分でやっていく努力を教えてくれるひとはそうそういません。 そこで生きていく術は自分で見つけなくちゃいけないのがほとんどはないでしょうか。 誰も親切丁寧に生きることを教えてくれるひとはいません わたし自身、ひとの生き方から自分がどう生きたいのかを問うて今のわたしがいます
『ノルウェイの森』はたしかに青春小説として抜きんでた作品かもしれません。 ですが、気分がすぐれるものじゃなかった。
デリケートな精神の話だったから
わたしにとってこの本はかなりの度合いで確認作業をしているようなものでした 俺は生きると決めたし、それも俺なりにきちんと生きると決めたんだ 生かされたわたしです すべてを受け容れる準備はできています
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