断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2011年12月27日(火) 「Winter Dream」

これだけ“ダンス”ではなく“バレエ”のことを考えて人生を生きたことはない

バレエダンサーから見ればわたしなどつまらない人間にも見えるでしょう。
だってそんなのはあたりまえのことだもんね。
オックスフォード公演から帰ってきて以来、自らのダンスを封じて毎日鍛錬してきました。
なぜなら今日、バレエの舞台に立つことになっていたからです。
そもそも医者からレッスンしてもよいと許可がおりたのはつい1年前のこと。
技術よりもなによりも、カラダが問題なのが明白な事実でした。
わたしはアカデミックな踊りではないものを真剣に踊ってきた人間です。
奇跡的にたすかった命
もう一度あたらしいからだにするために初めて本気でバレエに向き合ったのが本音です。
カタチのないものをダンスにするには無茶ができるからだが必要でした。
わたしはもう一度おどるために必死にリハビリしながら可動域をふやしてきました。
それこそこれ以上ない、人には言えない地味で地道な毎日をすごしてきたのです。
ようやく踊りに向かえるようになったとき、更に大きな壁が立ちはだかりました。
踊りで人前に立つには歪んだカラダを立て直し、あたらしい軸をつくらなきゃなりません。

 アカデミックなものをやるなら今しかない

これまでやってこなかったもの、そして「今」必要なもの。
すべてが合致しました あたらしく踊るために、です。

 どうせやるなら一番厳しいところへ

この先生に「ダメだ」と言われればすべてにあきらめがつく。
そのときのことを思い出すと、こう考えていたようにも思う。

 あなたには無理だ、と言われたかったのかもしれない

そうすればダンスをあきらめることができるかもしれない、そう思ったのです
逆に、“言われないかぎり芽はある”そう信じることにしたんです
レッスンに復帰して、自分にどれほど力がなくなっていたのか思い知りました
5番で立てなかった  おそろしく筋力がなくなっていました  まったく笑えません
この稽古場にはプロを目指す子どもたちしかいません。
わたしにとって子どもたちと同じレッスンを受けるのは今まで以上に困難を伴いました。
なによりもわたしが一番下手な上に、怪我人だからです。
大人としてこんなにも恥だと感じたことはありません。
事実、ついていけなくて何度もあきらめかけました。 泣きながら帰ったことさえあります。
でも行き着く先はひとつでした
こんなのは恥じゃない、子どもに笑われたってかまうもんか
踊りたいからここにいるんだ、できないからここにいるんだ
半年が過ぎ2011年4月。

 「バレエコンサートに出るひとは集まってください」

わたしは、自分の技術・実力からいってもまったく舞台なんて考えてもいませんでした。
第一、バレエコンサートなんて情報すら目に入りませんでした。
“そんなものがあるんだ”くらいにしか思っていなかった、そんなときです!

 「せっかく男性がいるので手伝ってもらうことにしました」

先生のその一言に背すじが凍りついた  なんたって男はわたししかいません
って決定ですか!?  だって、なんにも尋ねられてないぞ!!
 そもそも「せっかく」って何??  
しかしこの世界では先生の言うことが“絶対”です
わたしは腹をくくりました  首でもくくりたい心境でした
よくよく考えれば尊敬する先生に声をかけられるだけでありがたいことです
何かが認められていなければ声をかけられるはずがない
ところがここで踊るにはおそろしいプレッシャーがかかってきます
先生に、みんなに恥をかかせるわけにはいきません  失敗はできない
一心不乱にバレエに向かわなくちゃ同じ舞台になんてあがれない!!
舞台前の1週間、疲労はピークに達していました。。
わたしの右側からおしよせてくる暗闇… わたしは回れなくなりました
たぶん疲れよりもプレッシャーだと思う。 なによりも右がつらい現実。
舞台直前なのにどうしても右回転の軸が整うことはありませんでした。
わたしは深夜3時までなんとかならないかと努力した
でもね、そんな付け焼刃でなんとかなるような世界じゃありません
それでもなんとかしたかった
感覚、うまくいく感覚がまったくない  自分でもどうしてだかわからないんです

 わたしは本番すべてを左回りにした

すくなくとも軸をたてなくちゃどうにもなりません。  それは最悪の選択でした
自分にたりない力を解っていながら、あらためて思い知ることになろうとは。
どんなに高くジャンプしても、どんなにポーズを決めてもなんの意味もない。
回れない、ただそれだけでお客さんは落胆するはずだからです
すべてができなくちゃここではダンスに昇華できない、できることが前提なのです
それでも舞台はひろくて気持ちがよかった
自分のことだけで精一杯だったけれど、自然とわらっていたのも事実です

すべてが終わったとき、わたしの右半身は動かなくなりました
ほんとうに動きませんでした
たぶん一気に集中力が切れたからだと思う
きっと精神力で痛みを抑えていた、わすれていたんじゃないか
終わってひとつだけ言えることがあるとするなら―

 あれから身につけた分でやれることに挑戦できたこと

どれだけ未熟だとしても、これだけはまぎれもない真実
これだけは胸を張れる


◎見てくれた人からの声(抜粋
 Dancing課長「なんかタイスケがバレエダンサーに見えた」
 MAYA「タイスケさんが出てるとき、すごく緊張して観てたので肩凝りです」
どちらも歯切れの良いナイスコメントですねw
研さんのお母さんひろこさんからのメールにはこんな感想が!
 「5番がしっかりはまっていて、テンポどりもバッチリで見ていて心地よかったです」
実のところ、わたしには5番を入れることくらいしかないと思っていました。
わたしにとって、あの5番はただの5番じゃありませんでした
言葉にされると報われた気がしてうれしかった

 「1年でよくあれだけ踊れるようになったな」

一番うれしかったことば、それは父からのことばでした


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