2002年03月23日(土) ビデオ写り

 チャペルでの結婚式のオルガン弾きをしているが、私達式場側は大勢の中の一組なので、新郎新婦の顔はそうそう記憶には残らない。新郎新婦も私達の顔を記憶することも、式の時にはないだろう。

 しかし、実は私達はビデオに少し写ってしまうため、式後何度も見たりしていれば、私達の顔を憶えることもあるかもしれない。
 狭い地区なので、ばったりスーパーで再会し、あちらは「オルガンの人だ」と私に気付くかもしれないが、私といえば適当な格好で頭もぼさぼさ、ということもありうる。
 実際一度声をかけてくれたカップルがいて、たまたま式直後ということも、そして式の始まりを待つ時間に話が盛り上がったということもあり、記憶が新しかったせいであろう。でも、びっくりした。

 また、新郎新婦が私の知り合い、ということもある。友人、とまではいかなくても、中学や高校の同年、上下で、顔だけ知っている場合は、とりあえず全く知らない振りをして通すようにしている。かつて交友があってお互いすぐわかる場合は、もちろん名乗って祝福するが。
 そしてそんなときのお式はとっても緊張する。「一オルガニスト」でなく「akiyo」の演奏、と思われて聴かれているかもしれないのだ。その場ではそんな余裕はないとしても、あとでビデオを見た時に意識されることがあるかもしれない。
 もちろん、一オルガニストとしても、いつもいい仕事をしたい、演奏を通して、祝福の気持ちを表したいと思っているし、ビデオに残る以上、音を外したり、タイミングを外したりできない。
 しかし、知り合いへの演奏での緊張感は全く異なる。これが仕事でなく、お友達に頼まれて演奏、なら気楽だが、この場合は、お金を払って式に臨んだら、オルガニストは知り合いだったということなので、いい仕事をしないと立場がない。

 ところで今日のお式は、家族皆でお世話になっている病院の医師&看護婦カップルだった。また微妙な関係だ。
 過去の患者の顔は憶えてなくても、自分の式でオルガンを弾き、ビデオに残っている人間が患者として今後来院したら、「どうも・・・」という可能性はある。それにお世話になっている病院の関係のお客さんも多いだろう。
 緊張感を感じつつ、入場のワーグナーを弾き始める。新郎が入場。ゆっくりな歩みで、3回くらい繰り返す。続いて新婦とその父入場。ドレスが広がっているタイプのもので、ベールも長く、本人も、その横のお父様も歩きにくそう。ひたすらワーグナーを弾き続ける・・・この入場、私の経験した中で最長と言えるほどのんびりとしたものだった。おかげで、私の緊張感は和らいだ。

 その後も、クリスチャンがお客様にいたせいか賛美歌もしっかりと歌ってもらえ、いい感じで式は進み、終わった。
 失敗はなく、ビデオにも滞りない式の模様が記録されたことだろう。賛美歌リーダーの方が靴を忘れ、普段履きのどた靴を履いていたが、足まで写ってないだろう。(そういえばこの方、先先週のお式のときはストッキングが思いっきり伝線していて気にしていたが、それも写ってはないだろう。)

 それにしても、生え際から5センチは真っ黒、その下は茶色で、パーマもかかってるんだかかかっていないんだかのような髪。一応顔は、少しは化粧しているのだが、しばらく美容院へ行っていないこの頭はごまかせない。
 もしかしてあとでビデオを見る皆さんは、オルガンの音なんて気にせず、「このオルガニスト、もうちょっときれいにして来てほしいよね」なんて言っているかも。
・・・いや、それは自意識過剰だ。多分自分達やお客さんの姿しか目に入らず、入ったとしても、お嫁さんのを引き立て役だろう。

 そう考えると、上記のような心配は必要ないことで、格好うんぬん気にすることもないのだが、やはりハレの場、ビデオに残るからなんて関係なく、姿ももう少し配慮し、音楽もいいものを提供したい、いい仕事をいつもしたい、なんて思う。
 


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