LORANの日記
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2006年11月16日(木) 真実


人は真実は一つと思っています。

ここから大きな錯誤や誤解が生じます。


たった一つの真実を求めて、艱難辛苦が始まります。

真実でないことを責めたり、責められたりします。


それが共通でなければならないと信じています。

すべての人に共通の真実でなければなりません。


しかし本当にそれでいいのでしょうか?

真実とはそのように困難を伴うことでしょうか?


宇宙が創造主から創られたなら、水の1滴も木の葉1枚も

真実でなければならないでしょう。


そう考えると、真実とはもっともっと普遍的でなければならないでしょう。

結論は「存在すること。」が真実です。


私がいまここに存在すること。

あなたがいまそこに存在すること。

それが真実です。


ですから真実は人の数だけあります。

砂漠の砂粒の数だけあります。

雨粒の数だけあります。

木の葉の数だけあります。


その真実のことを「神性」と呼びます。

仏教では「仏性」と呼びます。


人は誰にも「「神性」(「仏性」)があります。

実はすべての動物、植物、生きるものも、生きていないものも

等しく「「神性」(「仏性」)があります。


これが真実です。


科学や数学の真実=公式は、この作用の面を表しています。

すべての人が自分の真実に気づくことができれば、この世界は

すばらしい世界になります。


人の「「神性」(「仏性」)が世界を包みます。

それは生きた天国そのものです。



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