LORANの日記
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人は真実は一つと思っています。
ここから大きな錯誤や誤解が生じます。
たった一つの真実を求めて、艱難辛苦が始まります。
真実でないことを責めたり、責められたりします。
それが共通でなければならないと信じています。
すべての人に共通の真実でなければなりません。
しかし本当にそれでいいのでしょうか?
真実とはそのように困難を伴うことでしょうか?
宇宙が創造主から創られたなら、水の1滴も木の葉1枚も
真実でなければならないでしょう。
そう考えると、真実とはもっともっと普遍的でなければならないでしょう。
結論は「存在すること。」が真実です。
私がいまここに存在すること。
あなたがいまそこに存在すること。
それが真実です。
ですから真実は人の数だけあります。
砂漠の砂粒の数だけあります。
雨粒の数だけあります。
木の葉の数だけあります。
その真実のことを「神性」と呼びます。
仏教では「仏性」と呼びます。
人は誰にも「「神性」(「仏性」)があります。
実はすべての動物、植物、生きるものも、生きていないものも
等しく「「神性」(「仏性」)があります。
これが真実です。
科学や数学の真実=公式は、この作用の面を表しています。
すべての人が自分の真実に気づくことができれば、この世界は
すばらしい世界になります。
人の「「神性」(「仏性」)が世界を包みます。
それは生きた天国そのものです。
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