LORANの日記
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2006年10月08日(日) 大阪から帰りました。


3日間大阪にいました。

中之島のホテルへ2泊しました。

国際色豊かなホテルで、最初は驚きました。


なんば駅の上のビルで2日間のショップを開きました。

ここは繁華街のど真ん中で、同じビルのB2,B1がパチンコ店でした。


向かいのアーケ−ドを夕方歩いて驚きました。

まるでお祭りか、ラッシュの駅構内のような人の渦でした。


ビ○○・カ○○という家電の大手の巨大なビルがありました。

店内の人の多さに驚きましたが、それ以上に店員さんの多さにビックリ。


数百人?の若い店員が店内くまなく配置されていました。

キャンペーン中なのか、ミニスカートのユニフォームの女性も多くいました。


店内アナウンスは早口で切れ目無く、特売の商品をしゃべり続けていました。

外に出ても、あちこちの店で呼び込みをしていました。


これが都会なのだと痛感しました。

これが人間が求めていた世界なのだと。


私は富士山の麓、富士市で生まれて育って60余年になります。

富士市にいなかったのは、学生時代の4年間と7年前の半年?間です。


周囲が田んぼの住まいでしたが、2ヶ月前に千葉・九十九里海岸へ引越しました。

人口は富士市の1/5。 5万人の小さな町です。

ここは周囲の騒音が、ほとんど聞こえません。


夜は冷たい海風に乗って、潮騒がゴーゴーと聞こえます。

静かになれば遠くの音が聞こえるので、無音にはなりません。

自然の音は耳に心地よく、気持ちも安らかになります。

時間はとてもゆったりとしています。



こんなところから繁華街へ行くと、全くの別世界です。

人工的な自然がありますが、イミテーションですからドライフラワーのようです。


人は群集という群であり、個人という存在は消えています。

同じ顔、同じ服装、同じ買い物袋、同じスピードで歩いています。


まるで映画を見ているような錯覚に囚われます。

「この人たちは何を考えて生きているのだろうか?」と。


ショップを早めに片付けて富士市へ帰りました。

私は都会で生きることは不可能であると痛感しました。


人間の未来は、決して楽観できないと感じました。




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