LORANの日記
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2006年10月02日(月) 自分を知ろう(2)


(昨日の続きです。)


「人は誰でも同じ」と信じています。

これが社会の共通認識=常識=認識の基礎になっています。


確かに人類の学名は、脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・ヒト科です。

全ての人は「ヒト科」に属しているので、その仲間であることは事実です。


それは肉体という分類においてです。

多くの人は、「人はすべて同じ」という誤解をしています。


それで好き嫌いをすると、「わがままはいけない」などと言います。

しかし、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いなのが自然です。


学校給食で児童に無理やり食べさせるのは、人権侵害です。

では、先生は嫌いなものは食べなくてもいいのでしょうか?


誰でも努力すれば、同じことができると思っている人がいます。

努力によって、多少の進歩は可能かも知れません。


それよりも、好きなことをする方が能率も上がるし、気分もいいでしょう。

いやなことを無理やりさせられるのは、ストレスが溜まってしまいます。


これらの問題は、「人はすべて同じ」という誤解が原因です。

同じように見えても、その中身、意識は一人ひとりが異なります。


「肉体の分類が同じなら、意識も同じである。」とはならないのです。

民族、文化、宗教などが異なるだけで、同じ地域に住んでいても戦争になることもあります。


インドは第2次世界大戦後、イギリスから独立しましたが、ガンジーの死去後、インドから

パキスタンが独立し、その後パキスタンからバングラディッシュが独立しました。


このように意識の相違から様々な問題が生じ、戦争にまで発展してしまいます。

同じ親から生まれた兄弟でさえ、殺し合いになることもあります。


もしすべてが同じなら、もっと仲良く暮らすことが可能ではないのでしょうか?

それができないのは、単に感情の問題ではないと思います。


一人ひとりの意識が異なることを理解する必要があります。

相手と自分を比較しても、意味がないことを理解できるでしょう。


相手には相手の価値感や生き方があることを理解できれば、相手の批判や非難を

しなくなるでしょう。

お互いが批判や非難をしない社会は、平和な社会であると思います。


LORAN |MAILHomePage

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