LORANの日記
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| 2006年09月10日(日) |
遠藤ケイさんの本から |
イラストレーターの遠藤ケイさんの本のことは、前にも書きました。
「僕の丸太小屋人生」の中にこんな文章がありました。
(前文略)「取材して、いろいろな人に会って感動する。その感動が、いままでの描き方では、絵に
現れていない。筆しかないと思った。悩んだすえ、「絵を描くという感覚を捨てたほうがいい。」と
感じた。見たものをできるだけ、正確に忠実に描いてみよう。」と決心した。
「絵を描こう」ととすると、かならず、「きれいに描こう。」とする気持ちが働く。どこかに飾ろう
とする作為が起こる。これが最初の感動を、そのまま表せない原因になっていると気がついたのだった。
見た物、感じたものを、正確に忠実に描こうと努力しても、かならず描き手の心情が、どこかににじ
みでるものだ。
そこに、ある木が立っているということは、決して偶然ではないことが多いのである。情景はその
意味のなかにもある。したがって、感動した人間は、なにごとも見逃さないように注意を払い、耳を
澄まし、周辺のもののすべての声を聞き、線を見出さなければならない。 (以下略)
遠藤ケイさんのイラストが見る人に訴えかけてくる理由が、理解できたような気がしました。
参考文献 : 「僕の丸太小屋人生」 遠藤ケイ著 講談社刊
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