LORANの日記
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またぎについての本を読んで、その歴史に感銘を覚えました。
私が読んだ本は「またぎの風土」石丸弥平著蝸牛社刊でした。
石丸氏は山形県出身で、TBS・TVやNHK・TVの連続小説のタイトル画を担当した気鋭の
挿絵画家です。大正生まれですが田舎の文化への薀蓄が深く、感心させられます。
東北のまたぎの始まりは一説によれば大和朝廷が征夷大将軍・坂上田村麻呂をエゾ地へ送り、
エゾを平定したことに始まるそうです。797年のことです。
またぎは、その時に山中深く逃げ込んだエゾの末裔であろうといいます。
その時に多くの人々を殺したため、その怨念がエゾ地に満ちました。大和朝廷は当時新興の
天台宗の慈覚大師円仁を用いて、いま山形や平泉の霊山・霊地と呼ばれる古刹を開きました。
またぎは狩猟を主としてきましたが、木地屋となって木製品の製造販売になって定住したもの
たちもいました。
木地屋は文徳天皇の皇子・惟喬親王を祖神とし、全国の山々の八合目以上の森林を自由に伐採
できるという「綸旨(りんじ)」を持っていました。
しかし、明治政府は「国有林野法」を制定し、彼らの働く場所を取り上げてしまいました。
この法律は全国の村々の入会(いりあい)権を無視したもので、貧しい山村に住む者はたちまち
食料や燃料に困窮してしまいました。
島崎藤村の父君は木曽・馬込の大庄屋で、明治政府に村民の窮状を訴えたため、牢へ入れられ
ました。
明治政府の政策は国民無視の甚だしい欠陥政策が多いのです。
いまだに「国有林野法」をたてに、入会権を無視しています。
日本の法律は一旦制定されると滅多に廃止されないので、増え続ける傾向があります。
そのため公務員も増え続け、税収の半分以上が公務員給与という有様です。
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