LORANの日記
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2006年07月27日(木) 自由な生活


人は自由になりたいと言います。

自由の概念は、人それぞれ異なります。


その人が何から自由になりたいかということでしょう。

例えば、お金、家族、会社、社会・・・


すべてから自由になるためなら、この世から離れる以外にはないでしょう。

それがいやなら、無人島で一人で生きることでしょう。


それも孤独でいやと言うなら、誰かと一緒に生きるほかはありません。

気が合う人と二人きりで生活することが夢なのでしょう。

それもきっと可能かも知れません。



でも無人島で一人で暮らすこともいいかも知れません。

誰もいないのですから、誰にも気兼ねはありませんし、何もしなくてもいいのです。


ただ誰も自分を助けてはくれませんから、自分で衣食住のすべてを充足しなければなりません。

生きるためのすべてが自己責任です。それができなければ死ぬだけです。


野生の動物は、怪我をすれば自分で治します。

怪我が治らなければ餌を獲ることができませんから、餓死してしまいます。


そこにはかわいそうとか気の毒とかの、センチメンタリズムが入り込む余地はありません。

生か死かの二者択一があるだけです。


大自然や宇宙に憧れている人は多くいますが、そこには冷徹な現実があります。

「すべては愛」という言葉は、その現実を超えたときに実感できるものでしょう。

自分の人生に責任を持たない甘ったれた人が言う言葉ではないでしょう。


ネイティブな民族は文明に影響されない場所で生活しています。

そこには豊かで厳しい自然があります。


彼らは電気も水道もないところで、何物にも執着しないで生きています。

日本人が一緒に暮らすことは数日なら可能でしょうが、何年もできるとは思えません。


私たちは文明なしでは生きられない民族になってしまったからです。

何年間もたった一人で生きることができない民族なのでしょう。


ですから私たちが自由な生活を求めても、それは本当の自由ではないのでしょう。

人工的な環境の中でしか生きられない日本人は、最も自然環境から離れた民族かも知れません。




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