LORANの日記
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| 2006年05月31日(水) |
この世はファンタジー??? |
あなたがどんなに相手に認め、理解して欲しいと思っても、
あなたがどんなに相手に愛して欲しいと思っても、
それは叶わなかったり、一時の満足に過ぎないかも知れません。
なぜなら、すべての人はファンタジーの中に生きているようなものですから。
一人ひとりの「着ぐるみ」が似ているからと言って、中身まで同じとは限りません。
中身は「着ぐるみ」ほど他の人と似ていないかも知れません。
中には「着ぐるみ」と全く異なる中身が入っているのかも知れません。
それなのにきっと分かってくれるとか、きっと認めてくれるとか期待しても、往々にして
裏切られたと感じることも多いのではないでしょうか。
「着ぐるみ」は社会的な儀礼で、相手に申し合わせたように同じ挨拶や対応をします。
その挨拶や対応を期待して聞けば、まるで自分に好意を持っているかのように受け取れます。
過剰な期待は本人は必死でも、悲劇や喜劇の原因になります。
自分と他人(自分以外の人)が違うという前提を忘れていることが原因です。
自分と他人が違うと思えない理由は、自分の不安感や寂しさにあります。
もし自分と他人が全く異なる存在であるなら、自分は誰からも認められなくて孤独と思います。
この分かって欲しい、愛して欲しいという依存心が無くならないかぎり、悲劇は続きます。
自分を見るのではなく、いつまでも他人ばかりを見ている癖を治さなければなりません。
この世はファンタジーです。
一人ひとりが自分というシャボン玉の中にいて、ふわふわと飛んでいます。
そのシャボン玉は自分の感情がいっぱい詰まっています。
その中で泣いている人も、笑っている人もいます。
生まれてから亡くなるまで、このシャボン玉から出られる人はいません。
シャボン玉の世界を楽しむことができれば、その人の人生は幸せです。
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