LORANの日記
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2006年05月26日(金) 「怒り」について

もう何回も感情については書きましたが、まだよく理解できないようですので、「怒り」について書きます。


「怒り」が感情であることは分かりますね。

でも、中には「怒り」が教えられたものと思っている人もいます。

それは「怒り」の反応の仕方であり、「バカにされたら怒れ」と教えられただけです。


怒りは感情ですから、自然の感情です。ですから抑える必要はありません。

また抑えれば怒りのエネルギーは蓄積され、いつか爆発し、制御不能になり暴走します。


些細なことで蓄積された怒りのエネルギーに引火し、相手を殺してしまうこともあります。

また抑圧された民衆の怒りが爆発し、暴動が起こり、一国を滅ぼすこともあります。


昭和25年7月2日、金閣寺が21歳の徒弟の放火により全焼しました。

三島由紀夫さんが「金閣寺炎上」という小説を書き、市川雷蔵主演で映画化もされましたが、

放火の原因は「怒り」だったのでしょう。


このように「怒り」の炎はすべての功徳を焼き尽くしてしまいます。

ですから仏教では、「怒り」を最も持ってはならないものと位置付けています。



しかし「怒り」は自然な感情です。

「怒り」に対して私たちは、どのように対処したらいいのでしょう?


「怒り」には原因があります。

些細な「怒り」、例えば足を踏まれたとか、暴言を吐かれたという「怒り」は突発ですから省きます。


大きな「怒り」の背後というか、基底には「深い悲しみ」があります。

「親にわかってもらえない。愛してもらえない。」というように、永年に亘り蓄積された「深い悲しみ」

があります。


この悲しみの基底に「友人や恋人、会社の同僚、上司・・・にわかってもらえない悲しみ」が重ねられ

蓄積されていきます。


この蓄積された「深い悲しみ」が、行き場のない怒りに変わるのは当然の成り行きです。

それが自分ではどうにもならない「怒り」となり、些細なことで引火し爆発します。



ですから、「怒り」だけを無くすことは不可能です。

基底にある「深い悲しみ」を無くさなければ、「怒り」は消えません。


永年に亘り蓄積された「深い悲しみ」は、実は自分の思い違いが原因だったことがよくあります。

「両親に愛されて育てられなかった」と子ども心に思っていても、アルバムを見たり、兄弟や叔父、

叔母と話したり、催眠療法で幼児期へ退行催眠で戻ってみると、普通の親であることが殆どです。


ただ、幼心に寂しかった思いをした記憶が鮮明で、それがすべてであるように感じてしまったのです。

このように理解すると、たちまち基底にあった「深い悲しみ」は消えてしまいます。

そして蓄積された「怒り」も次第に消えていきます。



いま世界は蓄積された感情に支配された人々が、お互いを敵視し戦っています。

蓄積された感情=「深い悲しみ」を解消することが、平和を実現する早道と思います。




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