LORANの日記
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2006年04月15日(土) 感情と意識(2)


感情と意識について前回書きましたが、理解することが難しいテーマですので補足させていただきます。


感情と意識が違うことを知っている人は稀でしょう。

ほとんどの人は感情で生きています。特に女性は「感情の生き物」とさえ言われます。

それだけ感性が豊かということですが、感情の起伏が大きいので、意識の出る幕がありません。


それでお釈迦様は「女身は法器にあらず」と言ったと伝えられています。

「感情を超越して、意識が悟りに到ることができない」という意味でしょう。


これは女性を侮辱した言葉ではなく、あまりにも感情に翻弄されている女性が多いと言う言葉でしょう。

一般的に見ても思い悩む(これも感情です。)のではなく、思索に耽(ふけ)る女性は極く僅かに思えます。


では男性は思索に耽る人が多いのかと問われれば、近年は男性もあまりにも少ないと思います。

これは仕事や学校、マスコミなどに時間をとられ、自分だけで過ごす時間がないことが原因です。


テレビを見ている時間が8時間という統計があります。

睡眠が8時間、仕事や学校が8時間、テレビが8時間とすると、自分の時間は0になります。


「テレビを見ている時間は自分の時間ではないのか?」という疑問を持つでしょうね。

そうです。自分の時間ではありません。もちろん仕事も学校での時間もです。


自分の時間とは、自分のための時間です。

自分のためとは、自分と向き合う時間のことです。

自分を見つめ、自分を感じ、自分と生きる時間のことです。


ですから仕事をしながら、学校で授業を受けながら、テレビを見ながらできるはずがありません。

ですから自分の時間は0なのです。


このような状態では意識を使うことができません。

いまあなたが生きているのは無意識です。今までと同じで、いつものように生きているだけなのです。


これは眠っているときには意識が無く、起きている時には意識があるという意識ではありません。

本当の意識とは覚醒した意識であり、感情を超越してすべてと一つでありながら、孤高の意識です。


もしあなたが「他の人はどうしてこう考えないのか?」と疑問に思ったとき、意識が働いています。

ですから意識が働けば、他の人と同じ生き方はできません。


それで仙人や隠者となって一人で生きる道を選ぶのです。


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