LORANの日記
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誰にも真実があります。
それは誰もが真実であり、生きていることが真実だからです。
その真実とは比較の真実ではありません。誰かと違うとか、聞いたことと違うとかです。
また、真理と呼ばれているものとも違います。
人は一人ひとりが真実そのものです。
その人生は真実そのものです。
ですから一人ひとりの真実は尊重されなければなりません。
たとえその人の人生がどんなに悲しみや苦しみに満ちていても。
「神」はそれをじっと見ています。
「神」はその人が気づくまで、じっと待ってくださいます。
たとえ今回の人生で気づかなくても、決して見捨てることはありません。
何回も失敗を繰り返しても、決して責めることはありません。
そこに大きくて深い慈愛があります。
人情とか同情などという薄っぺらではない愛情があります。
決して見捨てられず責められないのですから、罰を受けることはありません。
罰を与えるのは人であり、宗教団体です。
自分と違う真実であっても、決して非難や批判されるものではありません。
その人は自分の人生を生きることで、真実の責任をとっているのですから。
私たちはそこまで「神」に信じられた存在です。
ですからその信託に応えなければなりません。
私たちが生きる「真実」が「神」の真実と一致するように努めなければなりません。
それができるとか、できないとかではなく、真実を生きなければなりません。
なぜなら、人は最初から真実を生きているからです。
「神」の慈愛に応えて生きることが、最も大切な真実の生き方です。
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