ぴんよろ日記
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10年近く使っているイスの背もたれ調節レバーをヒコに壊され、5年くらいはめていた指輪を外したくなり、大きい段ボール6箱分の本を買い取りに出したりしていたら、そもそも生まれて初めてわき起こっていた「なーんにも読みたくないし考えたくないし書きたくもない気分」の最後の波も合わさって、ほぼ2日間寝込んだ。寝ても寝ても寝られる。たぶん両日とも猫並みに寝た。そしたらようやく写真を撮ったり本を買いたくなったので、ピンホールカメラを持っておすわさんに行き、たけやまでカフェオレを飲んで、本を2冊と「樂」を買い、このところ作りたかったおでんの材料も仕入れた。 新しい「樂」には、私の文章は載っていないが(しくしく)、NBCの広告ページに、仕事をしているダンナの姿が、なにやら格好よさそうな文章とともに写っている。ぷぷ。この撮影の時、「本当は他のカメラマンだったが、なぜか自分になった」と、なにか言いたげに言うので、「濃すぎず、軽すぎず、オッサン具合がちょうど良かったんじゃ?」と指摘したら「オッサン言うな、福山より若い!」と返された。まぁ、この広告を見る人にとってはどうでもいいだろうが。 コピーには「『写す』ではなく『撮る』カメラマンでいたい」とか「思いを込めて『撮る』」とか書いてあるが、ここに写っているダンナは(コピーを書いてくれた人には申し訳ないが)そういう思考回路のもとには撮影していないと思う。多数の人が「良質なカメラマンに備わっているべきもの」として想像するような「考え」とか「思い」というのは、たぶん彼にはない。文章で書き表されるようなたぐいの「その人の境遇」に「思いを馳せ」たりとか、そういうことは一切していないと思う。だからといって機械的に撮影しているとか、いわゆる「絵づくり」だけで撮っているというのとは全然違うのだが、試しに本人に「どう思って撮ったの?」と聞いても、気のきいた答えはひとつも返って来ないのである。10年ほど一緒に暮らしているが、ダンナのそういう部分はまったくの「謎の闇」に包まれている。そしてこないだ、小国で「見える」お姉さんから、こんなことを言われたと聞いて、猛烈に納得した。 「今回は『考えない人生』を選んでますね」 そう!それ!考えてない! 「考える」ことが正しいって思われる今の世の中では、かなり不利な立場(時にバカ扱い)に立たされたりするけど、それができるのは大きな才能だと思うので、これからも「考えない道」を突き進んでいってほしいと切に願う。
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