ぴんよろ日記
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長崎の「スロー系」とでもいうのだろうか、そういうお店や人々が集まるイベントにちらりと行った。いつもよく行くお店(珈琲人町や諏訪の杜などなど)も出ていたし。館内は大盛況だった。しかしあちこちで集まって語ったりしてるお客さんたちの醸し出す空気が「これを見るの、初めてじゃない…いつ?どこで?」という匂いだったので、よく考えてみたら、大学時代に通っていたインドカレー屋「カルカッタ」で時々立ちこめていたものと似ていた。カルカッタの方が濃かったけど。私自身も、あやうくその中の一人になりかけ…なっていたこともあるかもしれないのでよく分かるが、自分のことを自由だと思っている彼らは、たぶん、ぜんぜん自由でもなんでもない。「私はこんなにも自由」と語るだけ、本当の自由からは遠ざかる。「自由」だと思っているその正体は「何らかの理由で無責任が許されているだけの状態」だから。 いろんな創作物も出品されていたが、私は「作った人の顔が見える」ようなものが、かなり苦手なのだと、あらためてわかった。作る人は、もう、作ってしまったものは、手放さなきゃ。「顔が見え」てるってことは、作った人の余計な思いがくっつき過ぎてるってことだし、まだそのようにしか作れないってことだ。そういうものを見ると、とってもイヤなたとえだけど、「片思いの女子が自分の髪を編み込んだセーター」が想像される。 その一方、見るからに手づくりなのに、そういうベッタリしたものが感じられないものもある。楽しみにしていたカリオカさんの「本の袋」は売り切れていた。 そして、ヒコがにぎって離さないので、二千円もするクヌギの手づくりスプーンを買う。もちろん高いとは思ったが、なんというか、この日、この空間で付いた「『自由』な厄」を清算するつもりで。でも、クヌギのスプーンは、さすが、カブトムシが寄ってくる木だけあって、甘い香り。帰りの車の中で、ずっと嗅いでいた。
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