ぴんよろ日記
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夢を気にしてみることにしたら、 単純なのか、それらしい夢を見る。 昨日は、亡くなった人も含めた親戚たちと、展示作品を作り上げるというもので、 今日は古くて大きくて立派だけど、気さくな寺へ行って散歩するというもの。 今日はこれからもういちど眠るので(いま、朝の6時。)、 またどんな夢を見られるだろうか。 (バーでノンアルコールカクテルを飲む夢だった…)
昨日の夜はすき焼きにしたが、私は鶏肉メイン。 牛肉も脂をよけて2枚ほど食べたが、やっぱりほのかに乳が不調だ。 チャーシューの脂身は平気なのに。豚と牛って、違うんだな。
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どっさりとやるべき家事があったので、 ぼっちゃんが泣いてもやるのだ!と、着手。 炊事、掃除、洗濯と、バリバリやっつける。スッキリ。 ぼっちゃんは、最後の方だけ泣いていた。
朝&昼ごはんは、おにぎり、味噌汁、玉子焼き、細木、など。 チラリと見たテレビに、おいしそうなおにぎりが映っていたので、 塩だけのと、昆布入りとを握った。 茶碗のごはんとおにぎりって、どうしてこんなにも味わいが違うのだろう。
おやつにはちみつトースト。
赤ちゃん連れ去り事件の赤ちゃんが見つかって、本当に良かった。 やっと産んで、さぁ退院という日に連れ去られたら、 ほんと、どこまでも追いかけていって、袋だたきにしたくなるだろう。 赤ちゃんの大切さという面はもちろんだが、 「オレの大変な痛みを無にするでねぇ!」という、腹立たしさも、かなり。
事件といえば、下関駅が燃えた。 大学を出る間際に、卒業旅行と称した山陰一人旅(…。)を終え、 最後の夜は下関に泊まった。 駅に降りたって宿を探しに向かう途中、 大学生らしき兄ちゃん二人に声をかけられた。 二人は、何かのおまけのような安っぽいバッグを私に差し出し、 「これと、これより少しでも価値が上だと思うなにかを交換してください」 と言ってきた。 その時すでに夕方だったが、彼らの野望は、それを繰り返すことで、 その日の夕食として「下関名物ふぐにありつく」ということだった。 わらしべ長者、ふぐバージョンってわけだ。 10日ばかりの旅を終えつつあった私は、 必要ないものや旅先で買ったものは家に送っていたので、 なにを代えてやりようもなかったのだが、読みかけの文庫本を差し出した。 それでも彼らは喜んでくれて、また次のだれかを探しに行った。
…ということを、下関駅、と聞いて思い出したのだが、 このことは年に一度くらい思い出していたことで、 思い出すたびに「結局は食べられなかっただろうな」って思ってたのだが、 今回は「ひょっとしたら食べられたかも。いや、あんがい食べられたかも」 と思えた。 「ヘンなバッグ→文庫本」 という「成長率」だけをたよりに計算すれば、到底無理だろうけど、 どこでどんな飛躍があるかはわからない。 お兄ちゃん二人のことを「面白い奴らだなぁ」と思って、 ドーンとふぐをごちそうする人がいたって不思議じゃないんだから。 思ったもん勝ち、やったもん勝ちがすべてではないにしても、 思わなきゃ、やらなきゃ始まらないし、 そこからは自分の物差しでは計り知れない要素がからんでくる。 だけどつい、自分の小さな物差しで計算してしまうので、 小さくまとまってしまうのだ、
「彼らはふぐを食べられた。」
そう、思っておこう。
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