ぴんよろ日記
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2005年09月04日(日) わからないなりの、わけ。

昨日の歌舞伎。
ストーリーはいたって出来過ぎで、偶然も重なりすぎ。
そりゃみなさん一流の役者だけど、完璧に演じてるってわけでもないし、
時々は私の耳や目にだって、あれ?つっかえた?という瞬間があった。
話のベースになってる因果応報とか義理人情とか、特に好きでもないし、
舞台美術がすんばらしい!と思ったわけでもない。
まぁ飽きさせないのはさすがだったけど、
どっちかというと「歌舞伎って、ほどほどな『ちゃっちさ』が魅力かー」
なんて、いつもの考えグセを乱発しながら観ていた。
ずっと冷静だったと、胸を張って言える。
…はずだったのだが、クライマックスも近まったあるとき、
登場人物の一人が、なんかまた義理にからまったセリフを言い出して、
頭の中では「あー、あいかわらず江戸時代って不自由だのぅ〜」と考えたのだが、
気づいたらジワッと涙ぐんでいたのだ。
猛烈に驚いた。なんで泣く!オレ!泣くとこ???つーか、これで泣く???
動揺した。そしてそういう時間が、幕が下りるまでさらに何度もやってきた。

…と、ここまで書いて、どうして泣いたのか、やっぱりわからない。
わかったように言いたくない。
いま、頭で考えつけるようなこととは、ちょっと違うところに理由があるはず。

ただ、ひとつには「全幕通し」の上演だったのがあると思う。
歌舞伎って、よく見せ場だけやったりするし、
昨日観たのも、前に一幕だけは観たことがある。
メインディッシュだけ食べて、漬け物とごはんは無し、というようなものだ。
でも「今日の料理はおいしかったなー」ってしみじみするのは、
食事の余韻に包まれながら、漬け物を、ポリ…っとした瞬間だったりするので。
玉三郎さんもパンフレットのインタビューで、
「全幕通しでやりたかった」と言われていたし。

あと、さっき起き抜けの頭をよぎったのは、
「ストーリーなんて、できすぎくらいがちょうどいいのかもな」
ということ。
ストーリーのできすぎさに油断させられて、虚をつかれた感じもするのだ。
できすぎたストーリーにカモフラージュされたなにか、に。

今のところは、こんなところだ。そしてたぶん、もっと大きな理由がある。

あ、それと、帰り道に日見トンネルを通った。
バイパスができてから、だいぶ通ることも減ったのだが、
最近では「このトンネル、こんなに小さかったかなー」って思ってた。
よくありがちな「自分が通ってた小学校が小さく見える現象」だ。
しかし昨日は、前に見ていた通りの大きさに見えて、
そしてホントはそっちのほうが正しいんだと思えて、
さらにその理由は「今日歌舞伎を見たからだ」って、妙に確信した。
なんかよくわからんが、このへんに謎が隠されている気は、する。

朝ごはんを食べるのも忘れてた。ツナサンドでも作ろうか。


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