ぴんよろ日記
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おそろしいものを見た。
昨日、立て込んでいた仕事の最後のものとして、 ある食べものメーカーが作りたいというので頼まれた、 こども向けのお話を考えていた。 まだ使われるかどうかもぜんぜん未定だし、 基本的には使われたとしても、それこそ「クライアント」さまの意向で、 お話そのものがどんどん変わることだってあるだろう。 まぁしかし、第一段階としては、純粋に自分の頭の中から出てくるものを、 大きめのクロッキー帳に、登場人物の絵も交えながら書き付けていった。 最初はストーリーだけでいいって言われていたんだが、 書き出してみると、どうしても、ある程度は物語な感じで書き進めなくては、 自分にだってどんな話かわからなかったので、どんどん書いていった。 そしたら、本当に、出てくる人たちが、その世界の中で勝手に動き出すのだ。 私にはそれを見守ることしかできない。 書くことで見守るというか、書くことで覗かせてもらっているというか…。 とにかく、書いているのは自分なんだけど、 書かれていることも自分の頭から出てきたことなんだけど、 そのコントロールのきかなさというか、「走り」のスピードに、まずは驚いた。
いつも文章を書いて暮らしてはいるけれど、 こんなタイプの、つまり頭の中から取り出すだけの文章を書くことはあまりない。 見たり、歩いたり、食べたり、感じたりして引き起こされた思いや考えを、 なるべく慎重に書きうつしていくか、 あるいはまったく「機械的」に近い形で、具体的な要素は決まっていて、 それを文章に組み上げるという、技術的な作業に近いものがほとんどだ。 だから昨日の、ほんの小さな、 しかも結果的にはその食べものの広告でもあるけれど、「お話」を書くことは、 いつも乗っているのとは、ぜんぜん違うタイプの車に乗ってしまった感覚だった。 アクセルやブレーキの加減がわからないし、 目の前に見えてくる景色もぜんぜん違う。 いちど走り出したら止まらなくなる。
楽しくはあったけれど、怖いような気もしながら、どんどん書いて、 最後の景色まで見えてきたところで、やめることにした。 もうそれが見えたから、ひとまずは戻りたかった。
そして眠った。
そしてやっぱり、夢を見た。 そのお話を書いたからとしか思えない、 大切なような、おそろしいような夢を見て、泣きながら起きた。
すごくわかった。 人がどんなに自分のことを平凡だと思っていても、 書こうと思えば、絶対に「お話」は書ける。 脳味噌の中は、知らず知らずのうちに、 目もくらむような量のイメージをため込んでいるから、 お話を書きたかったら、それを引き出す状況… つまり、心の芯から「書くぞ!」と思って、 紙の前に座ってみること(これがなかなか難しいけど)をしてみればいい。 もちろん、文章を書く上での技術的なことは置いといての話だ。 そしたらきっと、お話は出てくる。 自分が鉛筆を動かすスピードの遅さにイラつくくらい出てくるかもしれない。 でも、これを職業として成り立たせるのは、 ものすごくタフで特殊な脳味噌が必要だろう。 脳味噌がため込んだイメージを出し入れするスイッチを、 その時の気分や体調を乗り越えて切り替えることや、 頭の中だけの世界と、身体を使った世界とを同時に生きることや、 しかも「現実社会」では、いわゆる普通の「社会人」として、 各種手続きなどもこなしていかなくてはならない。 時として、いちばん見たくないものである、自分の頭の中を覗いたまま、 あるいは開頭手術の途中の状態のまま、暮らさなくてはいけない。
私が普段書いている文章は、 特に広告系のものの場合は職人技の部分が大きいから、 逆に「字を書けるから書けると思ってもらっても困る」 と啖呵を切ることができる。 金槌やノコギリを手に持てるからって、家を建てることはできないように。 でも物語を書くって、その金槌やノコギリで、何をしてもいいのだ。 ビューンと投げてしまってもいいし、 仕事のデータがたくさん詰まっているパソコンを破壊してしまってもいいし、 神棚に祀ってもいいし、布団で抱いて眠ってもいいし、 大切な人の頭めがけて…。
おそろしい。おそろしすぎる。
それでもまだ、自分が生きているのとあまり変わらない世界を書くなら、 まだ、まだ、生きやすいかもしれない。 しかし昨日私が2ミリだけかいま見てしまった、 純粋「オハナシ」の世界となると…。
ひところの少女漫画家や、こども向けファンタジーを書いたりする人が、 どう見たって似合わないのに、物語のような格好をしているというようなことが、 とにかく今日、ものすごくわかった。 敏感だから書いている人は、そうすることでギリギリ身を守っているのだし、 鈍感だから書けている人は、そういうことが平気だから書けているのだ。 (こっちの方が才能としては強そうだ)
どちらにしても、物語を生み出しながら、 現実社会的にも「狂ってる」と言われないコンディションを保ち続けるのは、 まったくもって、それこそが才能だ。
おそろしいおそろしい…。こんな境地、凡人は見ちゃなんねぇずら。
◇◆◇
こないだダンナは、職場のおねえさま(女)に連れられて、 おねえさま(男)のいるお店に行ったそうだ。 そしてわりとごきげんになり、普段は下を向いてモジモジ君のくせに、 双方のおねえさまがたの前で、楽しいトークを繰り広げたらしい。 後日「カトウくんって、あんなにしゃべる人だったんだ〜」と、 おねえさま(女)のお一人から含み笑いで言われたというので、 いったいどんな楽しいトークだったのかとたずねてみたら、 「よくは覚えてないけど『あらそぉ〜お?』とか『いやだわ、もう』とか、 おねえさま(男)のようなしゃべりを混ぜ込んで、受けたような気はする」 と言っていた。(誤解を恐れずに言うと、すごく上手) そして昨日、お店のおねえさま(男)から、 「カトウくんは元気〜?」というメッセージとともに、 職場のおねえさま(女)に、大量のカレーパンが差し入れられたという。
好かれたのか? それともスカウトか?
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