ぴんよろ日記
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いつものようにリアリティだけでできているような夢を見ていたら、 どうやら地震があったらしい。まったく気づかなかった。 しかし今、ふと部屋を見てみると、ぞんざいに積んでいた資料が、雪崩れている。 本当だったのか…。 地震の時に、家の中でいちばんいたくないのが自分の部屋っていうのも、 ちょっと悲しいものがある。 でも本の爆弾に打ち続けられるのはいやだ。 よく、本が大好きで「本に埋もれて死ねるなら本望」とかいう人がいるけど、 次から次に、それだけでは死に至らない衝撃が続いて、 その積み重ねが致死量に達した時に息絶えるってのは、死に方としてはどうですか、 ちゃんと考え直してみませんか、と問いたくなる。 私だって本が好きで、知らない世界が詰まってるから好きってのもあるけど、 字や写真がたくさん印刷された紙が束ねられているという、 物体としての本への偏愛もあるので、 それならば本に埋もれて死んでもいいと思うべきかもしれないが、いやだ。
本を読みながら、というのは大いに「あり」だと思うけど。
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本といえば、 「最近どんな本読んでる?」「最近何が面白かった?」 っていう質問には、ほとんど答えられない。 ほぼ絶え間なく読みかけの本はあるけれど、いつも答えられない。 こんなときに、 「あぁ、村上龍の新刊、厚かったけど一気に読まされた」 とか言ってみたいが、まず読んでない。
その時々の自分にとって必要と思う本を、 動物が薬草を探し当てるように本屋で探して、 ひっそりと読んでいる…というのがいちばんしっくり来るので、 本当に本当にイヤミな意味じゃなくて、 ほとんどは作者の名前や本の内容を言っても、 すぐにわかってもらえるようなものは少ないし、 何冊もの、途切れない本読みの中の「文脈」で読んでいるので、 それ一冊を「今読んでる」って答えても、 時として人格を疑われそうなヤツもあるし、 あと、やっぱり、感覚としては、 「あなたのオッパイ見せてください」 って言われるのとおなじような気がするってのがネックだな。
なんか恥ずかしいのであった。脳味噌の裸を見せるみたいで。 あるいは、まだ未消化の、胃の内容物とか。
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暖房をつけなくてもいい気候になって、楽。 見たくないテレビが始まったら、すぐ自分の部屋にこもれる。 前はダンナも、 私のそういう明らかな行動が気にさわらないこともなかったようだが、 今はだいぶ慣れたようで、いろいろ言わない。 私も当然のようにスッと出て行く。 仲が悪いわけではないんだけど。見たくないテレビを見るのは本当に疲れるのだ。
ダンナは時々オバサンみたい。 人の色恋沙汰の話をワクワク聞いていたりするし、テレビドラマをよく見る。 私はどっちも興味ない。
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