ぴんよろ日記
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2004年11月30日(火) 私たちは「てんでしのぎ」です。

今朝はのんびりサンドイッチ。
ダンナには昨日と同じ中身。
自分には、ハム、アーティチョークムース、レタス、そしてブルーチーズ。
くくっ、やはりブルーチーズはステキ。格段においしかった。
そしてちょっと甘くした紅茶。

紅茶って、いつも遠い。
入れる時も、なんとなく気合いが入らない。
ポットを温めない時すらある。
コーヒーはちゃんとするのに。豆からゴリゴリするのに。
ひょっとして私には、ティーバッグでちょうどいいのかもしれない。
そしてコーヒーと紅茶をどちらか一生飲めないが、どっちにする?
と言われたら、10:0、いや、100:0でコーヒーを取る。
実際の嗜好を別にして、コーヒー的な人と、紅茶的な人って、
わりとすんなり分けられそうだ。
人だけじゃなく、ものごとも。

きのうの夜は「夢千代日記」を見た。
一日一話ずつ見ようかと思ったりもしたが、
性格的に無理だともわかっていたので、
けっきょく3時くらいまでかかって、五話ぜんぶ見た。
最初は、時代を感じさせる合成画面や、
ドリフのコントを思わせる(byダンナ)セットが気になりはしたものの、
じきにぐいぐい引き込まれ、しばしば涙。
4話の途中で号泣。5話でもまた涙。
やはりこのドラマの世界の空気や価値観もまた、
自分の体の奥底にびっちりと刻まれていることを再確認した。
それはひとことで言えば、絶対的な善や悪などないということだ。
そしてひとりひとりは、どうしようもなくひとりひとりで、
でも、よりそうこともできるというようなこと。

ダンナは三話目で意を決して眠った。名残惜しそうに。
はじめは、舞台が生まれ育った山陰ということに心を動かされていたようだが、
見ているうちに、ドラマ自体にはまりこんでいくのがよくわかった。
私はドラマもリアルタイム&再放送で見たし、脚本を持っているので、
いろんな伏線がわかり、それを言いたくてたまらない心と葛藤した。
何度も「言っていい?」と言っていやがられた。
四話目と五話目を、たぶん今夜また見るが、
やっぱり泣くだろうか…泣くだろうなぁ。

私たちは「てんでしのぎ」です。
…このドラマを象徴するセリフ。
「てんでしのぎ」とは、冬の荒れる海の中、
小さな船がそれぞれの身を守るしかない状態でいるようなこと。
相手が大変だとわかりつつ、自分も大変で、お互いにどうしようもなく、
しかし思いやりもしつつ、というようなことだ。
どうしようもなさと、思いやることができることのどちらに気持ちを置くかで、
おなじものも違って見えるし、実際に違ってくるのだろうと思う。

それにしても、この「夢千代日記」は小学5年生の時だったようだ。
YMOもちょうどおなじころから聴いていた。
その後の自分に大きく影響するものって、そのころに一度、出会うのかも。
なにがなんだかよくわからないままでも、かぎつけて、吸い込んでおくのかも。
子どもという状態はあなどれないな。
うん、「子ども」って、ただの「状態」だ。
本質や本性とはあんまり関係がない。


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