ぴんよろ日記
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2004年05月14日(金) 被害者か、出資者か。

(「本田宗一郎と井深大展」を見たあとならではの一文ではありますが)

たしかにそうかもしれないが、
でもいままで違和感を感じてきた言い分があった。
それは、
「オーディオやビデオなどの規格がメーカーの都合で変わり、
 いつも消費者は不利益を受けている」
というもの。
よく言われるのがベータとか、レーザーディスクとか。
「あんなに高いお金を出して買ったのに!」
パソコン関係の進歩と、それに反比例するかのような低価格化について。
「あんなに高いお金を出して買ったのに!」
あ、またおんなじか。

「完全で永遠だと思ったからこそ、あんなに高いお金を出して買ったのに!」
ということなのだろうか。
いくら企業とはいえ、同じ人間が作ってるものだから、そんなわけはない。
もちろん「完全で永遠で夢も叶いまっせ!」と宣伝する側も悪いけれど、
すべてのものは、少しずつ改良を重ねたり、試してみたり、
できたところまでで売ってみたりして、進んでいくものだ。
人の仕事を考えてみれば、ちょっと分かる。
完璧じゃないから給料はやれん!と言われたら、誰も生きていけなくなる。
会社に入りたてで仕事ができなかったころの給料を返せ!なんて言われたら?
それとこれとは、同じにできないかもしれないけれど、
機械も、初めのアイデアがあって、いくつもの試作品があって、
何よりも作る人がいて、できるだけのことをして、売ってみる。
売れたら、またそれを元手に、次のチャレンジをしてみる。
ものを買うってことは、そういうことに出資するという意味合いもあると思う。
これだけいろんなことが便利になって、
便利になりすぎたと思われることもあって、
だけどその取捨選択も比較的自由なはずの世の中で、
つまり、買わない、という選択肢もあったのに、飛びついて買った。
しばらくはウキウキしただろうし、人にも見せびらかしただろうし、
使ったり、眺めたりして楽しむ時間もあった。
そんな時間や気持ちの「お代」も、
「あんなに高いお金」の中には入っていたはずだ。
なのに、次に新しいものが出て言われるのは、
決まって「我々庶民はだまされた」的なこと。
善良なる消費者と、金儲けをたくらむ悪い企業という構図。
お金を出す方は、いつも被害者。そして分かりやすいところから攻めていく。
本当はもっと、大きなところ、
あるいは無意識・無関心に閉じこめているところにあるものが原因で、
お宅のレーザーディスクやベータのビデオは使えなくなったのかもしれない。

人が関係していることで、完璧なものなんて、何ひとつない。
でも、完璧なものなんて、ちっとも面白くない。
完璧で善良な人々が住む世界が天国というのなら、
私は天国になんて住みたくない。




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