ぴんよろ日記
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山陰から帰った翌朝、どっさりたまった新聞の山を前に、 読んでもいいし、読まなくてもいいな、と思ったが、 「本」と頭に浮かんだ。 そうか、新刊書の広告だけは目を通しておこう、と、 山に取り組んだ。
そしたら。
そしたら。
うそ! ホントに!? どうして! 信じていいの???
と、何度も紙面を見直してしまう事実がそこにあった。
それは、出版が無期延期状態に追い込まれた小説の、 しかも3部作のうちの2部と3部が同時発売という広告だった。 私は数年前にその1作目を読んでいて、 とても面白く、大好きになってしまったので、 今も受け持つ、タウン誌の本のページにもあれこれ書いた。 1冊で終わらないことは分かっていたのだが、 あまりにも次が出ないので、どうしたんだろうと思って、 ある時インターネットで検索してみたら、 さまざまな力がその本の出版を妨害していると分かった。 すぐに読むのはあきらめざるを得ない状況だった。
日本という国は、けっこう恐ろしい。 あらためてそう感じた。
しかしいま、この世に本は出ている。 2千年来の思い込みのようなタブーを乗り越えて、私の手もとにある。
昨晩、2作目を読んだ。 ある場面では、くっと泣いた。
…小説は、ほんとうに人それぞれの好きずきがあるから、 別にこの本を勧めたりはしない。 特に私は、ほとんど「ジャンルとしての小説」は読まないし。 (この作家の小説も、他のは読んだことがない) 小説を書くための小説というか、 作者の心の健康のために書かれた排泄物のような小説が多いので。 でも、好きになったり、読みたいとなぜか思ってしまう小説も、ある。 そこに作者の手を伝わって現れた、 「小説の姿をした何か」を感じる時、眠りを忘れて、読みふける。
「彗星の住人」「美しき魂」「エトロフの恋」
タイトルを見て、心惹かれた方は、どうぞ本屋に行かれてください。 タブーの暗い影響が、それでもあるのか、 この作家の、このボリュームの本にしては、 私が行った本屋では、とても新刊とは思えない扱いをされていました。 平積みされていると思ったら、ひっそりと棚に押し込められていたのです。
この3冊を暗いところに葬ろうとした「タブー」がなんなのか、 それを乗り越えて、世に出た「小説の姿をした何か」がなんなのか。
今日は3作目を読みます。
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