なんか今日はいっぱいいっぱいだった。 ちょっとホントに途中やばかった。 いろいろ記憶が飛んでるっていうか。 てゆーか最近毎日毎日 何やっててもいっぱいいっぱいだなぁ。 仕事とか企画とか義経とか。 今年は本当に無事に終わるのだろうか。 うう…。
「義経と郷姫」をゲット。 斜め読みしてみた。 (活字嫌いなので、頑張らないとよく読めない) やっぱりね。 ほーらね。 来たよ、きた。 めっちゃ期待してたんだけどね。 こうなるんじゃないかと思ってたっていう ラインの内容でした。 内容というか、義経の人物造形。 なんていうか、歴史小説ってなんでこうなんだろうなぁ…。 何か違うんだよなー…。 私、どうすればいいんだろう。 とりあえず、作者の方は永井路子さんが好きなんだろうなって思う。 歴史小説たくさん読んでるんだろうなっていうか。 歴史小説を書かれる女流作家さんって 何か偏ってる気がする…。 ああ、違うな…この表現は適切じゃない…。 うまく言えないんだけど……。 なんでこう封建社会に押し潰されそうな女性ばかり 描くのだろうか……。 男の人はなんであんな偉そうで 女の人はなんであんなに弱々しいのだろうか…。 もっと女性は解放されるべきだ的な主張をしながらも なんで自ら殻に閉じこもるような作品を描くんだろう…というか。 可哀想な女性を描いて その可哀想さの中で悲劇のヒロインを気取っているというか。 なにげに「男は自分勝手でひどいもの」っていうテーマみたいなものが 根底に流れている気がして。 それでも一途に男性に尽くしちゃうような そんな女性がひたむきで美しいとか絶対思ってるんだって。 そういうのが歴史小説って多い気がする。 違うよね。 違う。 女性の美しさは「堪え忍ぶ美しさ」じゃない。 それは政子も静も常盤も身を持って示してくれてる。 郷を主人公にしたからそうならざるを得ないんだって言われれば それまでかもしれないけど。 女性の魅力は我慢して我慢して我慢して貫く愛が美徳だって思ってるの、 それは違うんじゃないかと思う。 まぁ私は現代人ですから。 そして男より絶対女の方が強いと思ってるから。 世の中を動かしてるのは女ですよ。 素直にそう思ってるからなぁ。 部活とかで、部長って偉そうだけど実は雑用みたいな。 そういう感じだと思う。 なんかね、意地みたいなものがあるんだろうな。 男尊女卑の中で生きてきたコンプレックスっていうか。 歴史小説って何か形骸的っていうか… うーん…形が決まっちゃってる気がする。 なんか違うんだよなぁ。 意地なんか張らなくても女の人は強いし 威張って無理したって男の人は女の人がいないと生きていけない。 そう思う。 虚勢じゃない、女性の精神的な強さと 繊細で女々しいくらいの男性の弱さが私は描きたいと思う。 面白いというか興味深いというか…。 こうやって女性、男性って言ってる時点で 既に自分が性別にとらわれてるようにも思えるけど。 そうじゃないんだってー。 そういう意味では義経は本当に性を超越していて 描きやすい媒体なんだろうなって思う。 固定観念的な男らしさとか女らしさとかって すごく偏ってるなっていうか勿体ないなって感じる。 まだしっかり読んでないけどこの本の義経は明らかに 私の描きたい義経とは違うなって思った。 私の義経はやっぱりすごく女々しいのかもしれない。 男でも女でもない、神仏的なもの 何をも超越したというか、 あらゆるものを兼ね添えた存在を 私は義経に重ねているのかもしれない……。 男の良さと女の良さを持つ義経を描きたいのかな。 どっちかというと頼朝も義経も女々しい感じで 静と政子に体育会系の男気を持っていて欲しいって思う。 男女の性別が逆転してるのかも。 権力を持って、政を行っている人が 時代を動かしているわけじゃないっていうか。 …判官贔屓思想…?? そんでもって義経主従もちょっと女々しい感じがいい(笑) えーっと…。 要するに。 大河にちなんで義経関連の本がたくさん出版されて あれこれなんとなく読んでみるけれども 台詞の一つ二つ見ただけでも 自分好みの義経を見たことがない。 自分好みの義経主従を見たことがない。 大河の義経主従は関係性だけ言ったら かなり理想的だけどねvv あと遙か3の九郎義経はホントに絶品だなと。 今まで見てきた義経の中で 自分のイメージに一番近い。 でもやっぱりいろいろ違うけどね。 でもすごいと思った。 やられたと思ったさ。 (これだから私の義経はBLっぽいって言われるんだ) やっぱり自分で描かなきゃダメだと思った。 そうじゃなきゃ死ねないなぁ…。 私は私の理想の義経をこれでもかというくらいに 紙面に叩きつけて 魂削って書き上げるべきだと思った。 九郎義経をいろんな気持ちで見てる。 その気持ちをすべての登場人物に代弁してもらえばいいんだ。 常盤や静や政子や弁慶や…。 義経の気持ちが頼朝に届いているといい。 頼朝にとっての、義経にとってのハッピーエンドって何なんだろう。 宮尾さんは「義経にはビジョンがなかった」って言ってたけど 確かにその通りなんだ。 だって義経には希望がなかった。 「復讐」することしか 平家を「滅ぼす」ことしか どれもこれもマイナス思考。 何かを「生み出す」「作り出す」ビジョンがなかったのは事実。 義経はどうすれば幸せになれたんだろう。 ねぇ、アヤ。ねぇ、オミ。 現代的に解釈しちゃえばその答えを持ってるのは 鷹取衛で雨氷成で本庄優士で藤宮蘭なんだと思う。 戦いに身を置いて数えきれない程の人の血を浴びた者。 殺してきた多くの命が来るべき「未来」への犠牲でなかったとき その人は何に安らぎを、幸せを、救いを見出せばいいんだろうね? 死ぬことしか残らないのかもしれないね。 義経は頼朝に「未来」を捧げたんじゃないかと思うよ。 命よりも何よりも一番大切な。 そこまで犠牲的でそこまで心酔してたらもはや病気ですが…。 義経がしがみついたのは何だったんだろう。 源氏の血? 孤独から逃れようとしたのかな。 義経ってさ、人気者だけど本当にわからないよね。 わからない…。 義経の気持ちってつぎはぎだらけで統一感がない。 1人じゃないよ。 義経って頭おかしかったと思う。 おかしくなっちゃったのかな…? わからない。 義経伝説って後世の人達がつなぎ合わせて作ったから 統一されてるわけもないんだけど。 それは義経の性格のせいじゃなくって 『義経記』とかの性質上の問題なんだけれども。 でもあえてそのおかしさというかつぎはぎを 1人の人物の「心」として捉えたら面白いんじゃないかなと。 多重人格? それも考えたけどねー。 あまりにも現代人っぽすぎるよなー。 とりあえず自分のイメージの義経を どうにかこうにか外に出して繋げたい。 そう強く思ったのでした。 他の人の義経を見ると描きたい気持ちがめっちゃ強まる。 可愛くてしょうがないんだって、マジで!
九郎受ゲームのアンケートにお答え頂き 本当にありがとうございますvvv 頂いた貴重なご意見はありがたく参考にさせて頂きますvv &こんな考え方もあるのかととっても楽しく 読ませて頂いていますvv これからもよろしくお願いしますvv また近いうちに専用ページにレスアップします。
「早く寝るつもりがまた義経語りをしてしまった……」
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