ヲトナの普段着

2005年06月06日(月) チャトレになろう /知への欲望

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「人間は生まれつき知ることを欲する」と言った。行動の大きな要因でもある衝動と目的を考えたとき、そのいずれにも知への欲望が密接に関係していることを思えば、この言葉はまさに真理だと思えるし、人生という自分の足跡にもそして未来においても、知ることは常に解釈の鍵となるのだろう……。
 
 
 若い頃はそれほど気にもしてなかったんだけど、ここ数年とみに、人は「知る」ために生きてるんだなと感じることが多くなってきた。本を読みたいと思うこと、音楽を聴きたいと思うこと、映画をみたいと思うこと、そして、人と出逢いたいと思うこと、生きたいと思うこと。そこにはいつでも、知りたいという衝動があった。
 
 無意識に、あるいは受動的に知識を得ている状態と、みずから進んで知識を得ようとするのとでは、当然のことながら結果は異なってくる。学生の頃に嫌いで嫌いで仕方が無かったはずの語学が、三十歳を過ぎた頃に急に興味深くなったり、やはり苦手だった歴史というものが、いまでは得意技のようになりつつある。意識を持つということの重要性は、年端を重ねれば重ねるほどに、身に染みてわかるものなのかもしれない。
 
 考えることを拒絶する人たちがいる。「人間は理屈じゃないから」と、いかにも正論を口にし考えることを斜に見てしまう人たちだ。しかし、正論というのは理屈の上に成り立っている。そしてその理屈というのは、考えることで具現化される。経験のない人間が口にする言葉が薄っぺらく感じられるように、考えない人たちの理屈はやはりどこか軽い。
 
 考えると言うと、どこか堅苦しい行動のように思われがちだけど、じつはそれほどたいそうな行動でもないと僕は思っている。心に留め置くこと、だけで充分だとすら思う。考えることを拒絶する人たちは、心に「問題」や「課題」を留め置こうとはしない。それが、なにげない日常のさまざまな出来事を素通りさせてしまい、知へと結びつかなくさせているような気がする。切っ掛けを手にし、何かに覚醒し、心に留め置く意識を持つことは、僕は自分自身の人生のために、とても有意義なことだろうとそう思っている。
 
 
 チャットレディという仕事に対する人々の目は、やはりさまざまだと言わざるを得ないのだろう。チャトレといえどもひとりの人間だと真摯に応対する人もいれば、ゲームのキャラクターをもてあそぶような目でみる人もいる。男に飢えた女の集まりだ、とか、女郎宿に居並ぶ娼婦と変わらないだろと言う者もいる。いつの世も、人の価値観に画一化されたものなどないのだから、それは仕方が無いことのようにも思える。
 
 しかし彼らは、大切なことに気づいていない。人間が人間である由縁、何が人間を人間らしくしてくれるかという根本に、彼らは気づいていない。それは他でもない、人には知性と理性が与えられ、知ることによって成長するということだ。そしてその知ることの基本、いやおそらくはほとんどの部分が、自分以外の人間との接触や交流から得られるものであろうということだ。
 
 僕はこれまで、夜の街に生きる女性たちを数多くみてきた。彼女たちは皆、いちように美しかった。見た目の話ではなく、人間として美しいと僕は感じていた。僕自身が夜の街に生きたわけではないので確証はないものの、それはおそらく、より多くの人間の喜怒哀楽に触れた証ではなかろうかと思っている。人と接し人と交わることで、彼女たちは自らの存在を美しくしてきたのではなかろうか。
 
 そう考えたとき、このネットという摩訶不思議な世界のなかにあって、チャトレという仕事ほど魅力的な仕事はないような気がしてくる。日々数多の男性が目の前に現れ、ときに想像もつかないような姿をそこで披露してくれる。知りたいという欲望を満たし、知ることを自分自身の糧とできる仕事が、チャットレディという仕事だという風にも思えてくる。
 
 
 人間には幾つかの大きな目的があるような気がするんだけど、そのうちのひとつは、きっと「自分を見極めること」なのだろう。そのためには、また幾つもの道がありそうな気がするものの、チャトレという仕事、世界には、その道先を案内してくれる可能性が極めて豊富に散在してるのではなかろうか。人に触れるということ、心に触れるということ、それはとりもなおさず、自分自身の心を見つめる作業に他ならないのだから。
 
 もちろん、人には得手不得手というのがある。チャトレのような仕事からは得るものがないという人もいるだろう。それもまた正論に違いない。だから総ての女性にとは言わないけれど、少しでも興味を持ったり「見知った」ならば、知ることの意識を心の片隅に常に留め置いて、自分と目の前に現れる「人間」との対話を味わってみて欲しい。きっとそれまでにはなかった何かが、そこできらりと光り輝いているはずだから……。


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