ヲトナの普段着

2004年12月24日(金) ザ・パイプカット3 /手術の実際と術後経過

 両親から健康な体を授かったおかげか性格の賜物かはわかりませんが、ぼくは生来、手術というものを経験したことも入院経験もありませんでした。虚弱内臓の持ち主なので病院とは仲良しでしたけれど、まさかはじめての手術がパイプカットになろうとは……。
 
 
 通院は最低でも三回。初回は問診と手術の予約と血液検査、二回目は手術となり、三回目は術後精液の検査となります。初回の問診を終えたとき、先生が僕に承諾書を手渡しました。パイプカットもれっきとした手術ですし、殊に生殖機能を絶つという側面からも、夫婦揃っての署名をするようにとのお話でした。署名に際して、やはり妻は戸惑っていたようです。幾度も「いいの?本当にいいの?」と繰り返す横で、「さっさと書け」と苦笑いしたのを思い出します。
 
 手術は、左右睾丸の外側、脚の付け根に近いところを一センチほど切開し、そこから管を引っ張り出して切断します。切断した管は、それぞれに折り返して糸で縛り、切開部分を縫合して終了です。要する時間は正味二十分から三十分。術後二十分程度その場で安静にすれば、歩いて帰れるということですので、準備や術後のあれこれを入れても、およそ一時間程度ということになるでしょう。ちなみに、その日はとくに安静にする必要もなく(暴れるのはどうかと思いますが)、普通に社会生活を送れます。
 
 僕が手術を受けたのは、平日の診療時間外となる昼休みでした。内科と皮膚科も兼ねている診療所なので、診療時間にはさまざまな人たちが出入りします。手術は基本的に昼休みのみということでしたので、その辺の事情も配慮してのものだと思えました。さすがにお子様連れのお母さんが待合室にいる状況では、下半身丸出しで手術もやってられないでしょうから……。
 
 メスを使った手術ですから、当然のことながら麻酔を使います。局部麻酔になるわけですけど、「ちょっと痛いですよ、ごめんなさいね……」と言いつつ麻酔を注射器で打つときが、とにかく一番痛かったです。「ちょっと」どころではありませんでした。一ヶ所の切開に対して麻酔を二ヶ所。ほどなく麻酔が効いてきた頃合を見計らって、メスで切開するときには、もう痛みは感じません。何かやってるなという感覚はありましたけど。
 
 手術の最中というのは、手術ベッドに横になったお腹のあたりに小さなカーテンがありまして、いくら顔を覗かせようとしても、切った張ったをやってる場面は見られません。仕方なく天井をみつめなが思うのは、やはり「これでもう子どもは作れないんだなぁ」という類のことでしょうか。紳士ぶるわけでもないですけど、「これで遊び放題だなぁ」なんてことは、これっぽっちも考えませんでしたね。不埒ですけど不思議です。
 
 
 手術が終了すると、看護士さん(どういうわけか、ここには若くて可愛い看護士さんが揃ってました……余談ですけど)が周辺を消毒し、ガーゼでそれこそ局部を雁字搦めにして「このまま少し休んでいてくださいね」といいました。手持ち無沙汰なので、少し体を起こして下半身のほうを向いたとき、大量の血に染まったガーゼと床に飛び散った赤い血が視界に飛び込み、「本当に切開手術をしたんだ」という実感が沸いてきた覚えがあります。
 
 ほどなく先生が顔を出し、「五回目の精液をこれに入れてきて」と軟膏を入れる器のような円柱形のプラスチックケースをぼくに手渡してくれました。「五回目ですか?」というぼくに「そう、五回目」と応える先生。もちろん五回目とは、五回目に射精した精液のことです。性交しようがオナニーであろうが構わないのでしょうけど、器に入れるのだからオナニーが妥当でしょう。どうして五回目なのかは……いまだに謎です。
 
 抗生剤と鎮痛剤をもらい、費用の残額を払って、ぼくは駐車場へと歩いていきました。まがいなりにもメスを入れる手術をした数十分後に歩けるものかと当初は考えていましたけど、股間にぎこちなさは残るものの、ゆっくりと歩いて自動車までたどり着けたのですから、結果のわりには大げさな手術ではなかったということなのでしょうか。
 
 正味一時間強。長い人生のなかでは、まさにほんの一瞬にすぎない一時間。けれどその一時間の前と後とでは、ぼくの体は明らかに異なっている。目に映るものも、耳に入る音も、匂いも肌で感じる空気も、それまでと何ら変わらないはずなのに、運転席に座ったぼくの胸のなかには、それまでとは違う何かがゆっくりと浮遊していたような気がします。
 
 
 固定用ガーゼを外したのは翌日。はじめの二日三日は、椅子に座ってるときの脚の組み具合で少々股間が痛むことがありました。歩く際に違和感を覚えたのは、術後一週間くらいでしょうか。その後徐々に違和感も薄れてきましたけど、「放っておけば自然となくなるから」といわれた縫合糸が跡形もなく消えたのは、一ヶ月ほど経ってからのことでした。
 
 手術をしたらそれでお仕舞い、というわけにはいかないのがパイプカットです。確かに手術によって管は切断され、もう精子は製造されなくなったんですけど、それ以前に製造された精子が睾丸内に残っているからです。いわば残留精子。それを全て出し尽くしてしまわないことには、「パイプカットしたのに妊娠しちゃった」という事態にもなりかねません。
 
 「一生懸命頑張って」と笑顔で先生は言ってましたけど、はじめの一週間は違和感と多少の痛みで、ペニスに触れるなんてことは怖くて考えもしなかったし、さりとて出さねばならずけれどやる気にならずのらりくらり……という按配で、先生に言われた「五回目」を摂取するまでに、二週間以上の時間が経過してしまいました。
 
 そのサンプルを手に再び診察を受けると、その場で先生が顕微鏡で精子の状態を確認してくれました。しかし、「まだいるなぁ、これじゃまだ駄目だ」とあっさり判決は差し戻し。「もっと頑張って」という先生の言葉を背に、再度軟膏ケースを手に自宅へと戻りました。それから二週間後、つまりは手術から一ヵ月後に「これならどうだ」という気合充分の精液サンプルを持参したところ、「お、これなら大丈夫だ。もうぜんぜんない」というお墨付きをいただき、僕のパイプカット体験も大団円と相成ったわけです。
 
【つづく】


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