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カヴァーを歌うこと - 2009年02月28日(土) 友川かずきが「朝日のあたる家」を歌っているというので聴いてみた。 「朝日のあたる家〜アヴァンギャルドヴァージョン」と書かれている。 どうやら英詩らしい。 というのも、今まで聴いたどんな「朝日のあたる家The House Of The Rising Sun」 とも違っていたからだ。 これがアヴァンギャルド=前衛というものかと思い知った。 アニマルズ、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、 あのMUSEだって正しくMUSEの音になっていたけれど、メロディはちゃんと 「朝日のあたる家」だったし、浅川マキの「朝日楼」も、 大好きなちあきなおみの「朝日楼」も、歌い方の違いこそあれ 原曲は、ちゃんと形を保っていた。 でも、友川かずきの「朝日のあたる家」は、娼館の少年少女の 悲哀や故郷への郷愁なんて言葉で言い表せる程の生易しいものではなく、 パックリ口を開けた暗闇に呑み込まれそうな、そんなもの凄さがあった。 ドリフターズや氷川きよしが歌って良く耳にした「ズンドコ節」が “ズンズン ズンドコ”と友川かずきが歌うと、 胸のうちがゾワゾワして来るようなエモーショナルな歌に変わっていた。 “明かりをつけましょ ぼんぼりに”の「ひなまつり」でさえ、 友川かずきの歌声を通して、雪洞の灯りがチラチラ お内裏様とお雛様、そして段飾りのお人形達に 何やら妖しい・怪しい影を帯びさせ始めるようだ。 こういうカヴァーもあるんだね。 昨日UPされたムック逹瑯さんとの対談で 吉井和哉は、最近良く話題にしている『歌謡曲のカヴァーアルバムを作りたい』 という話で、『メジャーな曲ではあるけど、ロックの人はそれカヴァーしないでしょ! っていう曲』の例として『城卓矢の「骨まで愛して」をカントリーで』 『北原ミレイの「ざんげの値打もない」や「石狩挽歌」をプログレで』と語っていた。 少し前から吉井和哉が「ジャズ」とか「ブルース」とか「洋楽」を 強調しているのを、実を言うと少しばかり引っ掛かりを覚えていた。 そんなにも洋楽コンプレックスに捉われているのかと。。。 けれど、今日この友川かずきの凄まじいカヴァーを聴いていたら、 何だかもうそんな小さな事なんて言ってられなくなった。 吉井和哉が思うように、演りたい音を鳴らして歌えば良いのだ。 好きに演り切ればいい。 「生きてさえいてくれれば」「歌ってさえいてくれれば」 新しく変化し続ける吉井和哉を自分が果たして 受け止めて行けるのだろうかと不安に為っていたのだろうと思う。 それでも、丸ごと全部を受け止める事ができなくても、 吉井和哉の音楽に触れられるだけで幸せなのだもの。 吉井和哉の紡ぐ音や色が描き出す世界のどこに自分が惹かれるのか、 その時自分はどう感じたのかを、 これからもひとつひとつここに記して行けたらと願う。
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