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「別冊カドカワ」を読んで - 2008年08月11日(月) 別冊カドカワ総力特集「斉藤和義」を読んだ。 注目の吉井和哉インタヴューで、斉藤和義さんについて述べて いたのは、『あの人の佇まいが好き。』 『永遠の大学生みたいでもあり、ボブ・ディランみたいでもある。』 というものだけで、それ以外は、同じ1966年生まれとして、 幼い頃に影響を受けた事柄や音楽を始めた頃のエピソード、 そして40代を迎えた今の心境について、語っていた。 興味深かったのは、周りの30台半ばの多くの方々が 色んな葛藤を抱えているようだけれども、 吉井和哉自身の経験として、『40過ぎて楽になる』そうだ。 『40は“老人の生まれたて”って考えると気が楽だと思う(笑)』と 仰っている♪ “老人の生まれたて”ねえ。 吉井和哉さんより年上の私は、言うなれば、“老人の思春期”? “老人の青春期”? いくら「青春」と付けてみても、やっぱり「老人」なんて言葉には、 抵抗があるなあ。 大体以前から思っていたけれど、 吉井和哉って言う人は、「老い」を恐れすぎているのではないかしら。 『人の年老いていくことを、だれか成長と考えるか。 老は成長でもなく退歩でもない。ただ「変化」である。』って 萩原朔太郎が言ってたけれど、その通りだと思う。 『釣りばっかりやってるように思われるかもしれないけれど(笑) 若い世代の人達にとって何が重要なのかを考えている。』 『今の音楽シーンの中でどうありたいか・・・』という問いに、 『「君たちは入ってこれないからね」っていう絶対譲れない場所があって、 その中で自由にやりたい』 『真ん中に行こうと思えばすぐに行ける“切符”みたいなものは、持ってる』 『常に真ん中にはいたくない・・・正直言うとうんざりなので(笑)』 なのだそうだ。 ジュリアン・コリエルがお父様のラリー・コリエル氏に言われた 『ミディオカには為るな。』という事にも繋がる話なのだろうと思う。 “切符”を持ってるけれど、行かない。 絶対譲れない場所で自由にやりたい。 もの凄く格好イイ言葉だと思うし頼もしい言葉だ。 けれど、THE YELLOW MONKEYが大ヒットしていた時だって、 決してど真ん中ではなかったよね。 一般大衆全てに受け入れられるスタイルや曲じゃあ無かったと思うけれど、 「知る人ぞ知る」という存在では無く、 ちょっと手を伸ばせば曲も映像も容易く手が届く存在だったと思う。 『活動としてはライヴメインでありたい』 その気持ちは、とても嬉しい。 けれど、40代の吉井和哉が対象とするのは、若い人達だけで良いのだろうか 新しい音楽に触れる機会が少なく為りつつある 30代、40代、もっとそれ以上の年代の者達にも どんどん吉井和哉の音楽を発信していって欲しい。 全国放送のTVやラジオ出演の機会をどうか増やして欲しいと思う。
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