徒然なる日々。
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2003年03月06日(木) ムカ。

思い出し怒りを真夜中にする私。



意見―――ある物事に対して持っている考え

高校の時、保体のテストで、女性がタバコを吸うことについて意見を述べよという問題がテストで出た。
私は授業をそれなりに真面目に受けていたので、女性がタバコを吸うと、これこれこういう弊害があるということをつらつら授業で習ったとおりに一通り書いて、その上で、でも、吸いたきゃ吸えばいい。そんなものは本人の自由だ。という意見で締めくくった。(おりしも、どっかの権威ある学会で、無理な禁煙は体に毒であり、逆効果であるという論文が発表された直後で、私はうっかりそれを新聞で読んでいたのもあまりよろしくなかったかもしれない)

かえってきたテストは点数が悪かった。ってか、それで点数をかなりひかれた。

とても腹が立った。

今思えば、学校のテストなんざ、タテマエだけお綺麗に並べ立てて世にいう正しい風潮を書いてそれでしめくくっときゃ良かったんだ。

でも、いわゆる思春期の私は、自分の意見をヒネてようが書いておかなきゃ気がすまなかった。若かった…。私そういう部分で損してたなーと、今なら思う。中学高校の頃って、思ってること表面的に出さなかったら自分でなくなるような気がして必死だったけど、今思えば、考えてるだけだって自分は構成されているというのだ。別に、表にださなくたってさ。

でも、意見を書けというテストで、点数をひくというのはなんてアホらしいテストだろうと思う。それは今でも。ってか、自分の意見書いたんだから引く権利ないだろう?それとも、正しい意見でないものは、意見書いてようが点数をやるのに値しないと判断されたんだろうか。わからない。「意見を書け」なんだから、なんらかの意見書いてあったら、いいんじゃないの?「世の中の倫理に照らし合わせて正しい意見を書け」ってんなら話は別だが。それとも、それくらいのこと判れよってことか。それってもう「意見」じゃなくて、「押し付け」っていうと思うけどね。(こういう部分、私って今でも子供だよね)
私は私の意見を書いた。意見を書けというから書いたのに、なぜ点を引かれたんだろう。あの時、真面目に「女性はタバコを吸うべきではありません」でしめくくっときゃ、点数はひかれなかったんだろうか。
だったら「タバコを吸うことの弊害について述べよ」だけにしとけばよかったんじゃないだろうか。「意見」の意味判ってんのかコラ。

馬鹿馬鹿しい。だいたい、保体でテストって意味あんのかよ。つうか、保健の先生大嫌いだった。保健医ってもっと優しい人置くべきだと思う。優しさのカケラも感じられない人間だったぞ、アレ。


自分で書いておいてなんだけど、珍しい文章。私が嫌悪感露わにしてる…。
そうそう、私が高校時代一番嫌いだったのは、別に自分哲学に浸っていたアホな自分ではなく(藁・当時からプライドと精神だけは文豪並だったかもしれない。よわよわで)、高校2年の時の担任です。今でもとっても大嫌いです。口汚い言葉で人間性全てを貶したくなる程度には。あ、高校時代っていうか、今でも、嫌いな人ベスト3に入る程、ナチュラルに嫌いです。


すっごい感じわるーい。(自分が)やっぱり、面白みのない(無茶化し)のブラックネタは辞めたほうがいいね。でも今私、考えごと週間で、いろいろなことが頭の中をぐるぐるしているのです。そういう時間巡ってくることたまにない?自分哲学時間…プー!(大爆笑)


マサキ