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2010年06月12日(土)
「ただひとつだけ、光速を超えられるものがある」

『未来への周遊券』 (最相葉月/瀬名秀明 共著・ミシマ社) より。

(1年半にわたって産経新聞で連載された、最相さんと瀬名さんの往復書簡を1冊にまとめた本の一部です。最相さんから瀬名さんへの「生命の未来に迫る滅亡の危険」という回より)

【瀬名さんの手紙の最後にあった、「ただひとつだけ光速を超えられるものがある」という一節を読んで思い出した親子の会話がある。その息子は科学雑誌が大好きで、ある日、身につけたばかりの天文学の知識を父親に披露しようと得意気に解説した。今見えている星は現在そこにはなく、距離によっては十年前、百年前の姿なんだよと。すると、それを聞いた父親はやさしくこう返した。「なるほど、見る場合はそうかもしれないな。しかし、考える場合はどうだ。今地球のことを考えている。つぎに遠い星のことを考える。これにはなんら時間を要しない。人間の思考は光より速いということになるぞ」
 息子は一瞬きょとんとしたが、その後もずっと父親のこの言葉を忘れることができなかった。やがて彼は作家となり、物語をたくさん書いた。光よりも速く、読者を新たな思考に運んでくれる。それが魅力だった。その作家、星新一の描く未来では、動物は、とうの昔に人間によって一掃されていた。】

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 最相さんの著書には、『星新一 一〇〇一話をつくった人』という、星新一さんの生涯を追ったノンフィクションがあります。
 星新一さんのお父さんは、星製薬の創業者・星一さんで、大企業の社長を父親に持った星さんは、父親の早逝と会社の経営状況の悪化などで苦労もされたようです。
 しかしながら、この親子の会話をずっと星さんが記憶していたことを考えると、作家・星新一の誕生には、父親の影響も大きかったことが伝わってきます。
 もし、ここでお父さんが、星さんの「天文学の知識」を「すごいねえ。よく勉強したねえ」と褒めただけならば、星さんは天文学者になっていたかもしれません。褒めるだけなら、僕にでもできるんじゃないかな、とは思いますが、こんな洒落た言葉を、日常会話のなかで子供にかけるのは難しい。星一さん自身の心の中に普段からこういう思考があるからこそ、息子に話すことができたのでしょう。

 「人間の思考は、光より速い」という言葉が、「科学的な真実」かどうかは、微妙なところもあるんですよね。神経伝達速度は、少なくとも「光よりも遅い」から。
 でも、薬学の専門家であった星一さんは、そんなことは承知の上で、「人間の想像力の力」を信じ、それを自分の息子に伝えようとしたのです。

 星新一さんの作品というのは、まさに、「科学知識と人間の想像力の絶妙な融合」によるもので、このお父さんの言葉や考え方が、作家・星新一の誕生に与えた影響は、けっして少なくないでしょう。

 僕も自分の息子に、こんな言葉をかけてあげられるような父親になりたいものです。世間一般の親子というのは、なかなかそう上手くいくものではないから、このエピソードの「美しさ」が際立つのでしょうけど。