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2010年01月31日(日)
それが、ウルトラマンの「スペシウム光線」なのだ。

『ウルトラマンになった男』(古谷敏著・小学館)より。

(「ウルトラマンの中の人」だった、俳優・古谷敏さんが撮影当時のことを振り返って書かれた本の一部です)

【もう一つのポーズの話をしよう。ウルトラマンの最も有名なポーズとなり、日本中の子どもたちがまねをしたあのポーズも、初めてやった時は特に意識したわけではなかった。だから最初に演じたときも飯島監督に何気なくこう聞いた。
「この型は今回だけですか?」
 でも、僕の予想に反して監督はこう答えた。
「いや、ウルトラマンが敵と戦って相手を倒す、最大の武器にしたい、そして毎回使いたい」
 このスペシウム光線のポーズを決めるのも、とても大変だった。ウルトラマンに入ってすぐのことで、僕は苦しくてしょうがなかった。必殺の光線をどんなポーズで撃つのか? 撮影の合間に監督の指示でいろいろなポーズを試してみた。
 一度型ができると、そのたびに高野カメラマン、中野稔さん、そして飯島監督が話し合う。僕は仮面をつけたまま待っている。この時が苦しいのだ。三人のやりとりを見ていると、監督が膝をついたり、頭を曲げたり、身ぶり、手ぶりで話し合っているが、仮面をつけているので声が聞こえない。話がすむとまた同じようなポーズを指示される。それを見ながら、また三人で話し合う。これが何度も繰り返される。我慢できなくなって仮面をとってもらう。ぬいぐるみは一人では脱げない。汗がすごい。流れ出る感じで目に入ってくる。何か対策を考えないといけないな、などと思いながら待っている。

 飯島監督が言った。
「古谷くん、水平の手は防御、垂直の手は攻撃だよ」
 高野さんが言う。
「ビンちゃん、腰を少し落として構えるといいよ。立てた手が顔にかぶらないようにね。カラータイマーも隠さないようにしてね」
 中野さんが、
「古谷ちゃん、水平の手、垂直の手、組んだら絶対に動かさないでね。垂直の手から光線を出すから」
 中野さんは、光学合成の技師で、円谷プロに古くからいる人だ。
「中野さん、何秒くらい動かさなければいいんですか?」
「それは監督しだいだね」
 わかりましたと答え、またぬいぐるみをつける。今言われたことを考えながら、ポーズをつけた。

 三人からやっとオーケーが出たころには、僕はヘトヘトに疲れていた。
 僕にこの仕事ができるのかな? またそんなことを思った。でもインスタント写真を見ると、なかなかいいポーズだった。ウルトラマンの必殺技にするからね、と監督に言われた。
 このポーズをしっかり会得したい。その日から毎日練習するようになった。一日の撮影が終わって、どんなに疲れていても家に帰って三面鏡に向かって一日三百回、毎日練習するようにした。三面鏡は演技の勉強のために、東宝で初めてもらったギャラで渋谷の家具店で買ったものだ。このポーズはシンプルで簡単なように見えるけど、なかなか納得がいく型を作れないのだ。曲がっていたり、指先まで力が入っていなかったり、垂直の手が斜めになっていたり、結構、むずかしい。
 でも、何回も練習した。歩きながら振り向きざまに撃ったり、倒れながら撃ってみたり、大きく構えたり、早く構えたり、遅くやったり、前後の動きを頭に入れながら練習を重ねる。ワンクール過ぎたころから、納得のいくアクションができるようになった。

 公園でも、居酒屋でも。
 子供でも、大人でも。
 誰でも、どこでも、すぐにできる、やさしいシンプルなポーズ。
 それがウルトラマンの「スペシウム光線」なのだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この本を読んで、「初代ウルトラマン」を演じていた男の喜びと苦悩をあらためて知りました。僕はリアルタイムで「ウルトラマン」を観ていた世代ではないのですが、再放送で観るウルトラマンは、当たり前のことですが、いつも同じ表情で、淡々と怪獣と戦い続けていたんですよね。
 僕は「ウルトラマンの中の人」は、着ぐるみ専業の「スーツアクター」だと思い込んでいたのですが、実際に演じていたのは、東宝の若手俳優だった古谷敏さんで、ウルトラマンになるまでは、何度か怪獣役として着ぐるみに入ったことがあるくらいだったそうです(ちなみに、古谷さんは、『ウルトラセブン』では、アマギ隊員役で出演されています)。

 『ウルトラQ』のケムール人を演じたときのスラッとした佇まいを買われて、「ウルトラマン」を依頼された古谷さんでしたが、俳優としては、「自分の顔が画面に出ない主役」を演じることには、ものすごく抵抗があったのだとか。
 「スーツアクター」は、暑いし、火や水のシーンは危ないし、視界が狭くて自分の動きもよくわからないという、かなり過酷な仕事。
 この文章を読んでいると、そんな環境のなかでの、古谷さんの「プロ意識」の高さに敬服するばかりです。

 たぶん、日本で生まれ育った中年以降の男子で、「あのポーズ」を一度も真似したことがない人は、いないのではないでしょうか。
 あのポーズが、「その場の演出で」作られたというのは驚きですが、それ以上に、古谷さんが、そのポーズ「スペシウム光線」をカッコよくきめるために「一日300回鏡の前で練習していた」というのはすごいですよね。
 「両手を十字に組み合わせる」というだけのポーズなのに、

【シンプルで簡単なように見えるけど、なかなか納得がいく型を作れないのだ。曲がっていたり、指先まで力が入っていなかったり、垂直の手が斜めになっていたり、結構、むずかしい。】

 もし、古谷さんが、「どうせ顔が見えない仕事なんだから」と、いいかげんな演技をしていたら、「ウルトラマン」が、これほど多くの人に愛されることはなかったはず。

 これを読んで、僕は「ああ、子どもの頃どんなに真似しても、『本物のウルトラマン』のスペシウム光線とは何か違うように感じたのは、それだけのこだわりがあったからなんだな」と納得することができました。
 やっぱり、ウルトラマンはすごかった!