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2008年11月26日(水)
アメリカ・ニュージャージー州の『DDR(ダンス・ダンス・レボリューション)』ダイエット

『ルポ 貧困大国アメリカ』(堤未果著・岩波新書)より。

【ウエスト・バージニア州にあるハミルトン中学校。生徒たちの間では今、飛んだり跳ねたりするゲームが大流行している。
「これ、最高ですよ。初めて体育のクラスでこれを試した時は、みんな大興奮でした。毎日やればきっと、一ヶ月で10ポンド(約4.5kg)くらい体重を減らせると思います。
 そう言うのは同中学校に通うリンダ・マックビールだ。体重が160ポンド(約72kg)のリンダは肥満症と診断され、家庭収入が貧困ライン以下のため、無料−割引給食制度を利用している。
 2007年2月。ウエスト・バージニア州は、急増する子どもたちの肥満にブレーキをかけないと州の医療費が足りなくなるという予測から、肥満児対策を最優先課題の一つに挙げてる州だ。肥満児の医療費における州負担は、連邦と州が半分ずつ負担する低所得者用医療費補助、メディケイドの場合、一人当たり年間平均6700ドルと、非常に高額な負担になる。
 そこで同州は思い切った政策の導入に踏み切った。州内にある公立学校全765校における「DDR」(ダンス・ダンス・レボリューション)というゲーム機導入計画だ。日本のコナミ社が販売する「DDR」は、3分間流れる音楽に合わせ、画面に出てくる矢印の指示通りに専用マットでステップを踏んでいき得点を稼ぐエクササイズ系のゲームだ。手始めに103校に導入し、約2年間で全公立学校に普及させる予定だという。
 本書の取材をしている最中に、リンダの従姉でありニュージャージー州で看護師をしているシャーリーン・ブレマーの家で、「DDR」をやってみた。たった3分間だが、リズミカルな動きを続けるとかなりカロリーを消費する。汗だくになった私の前に差し出されたのはとろりとしたチョコレート味のミルクだ。聞けば2001年に、アメリカ農務省は肥満児の栄養状態改善策として「ミルクを飲みなさい」(Got Milk?)というキャンペーンを打ち出したという。いくら栄養価が高くても、コーラやスプライトで育った子どもがはたしてミルクなど飲むだろうか? 私の疑問にシャーリーンが苦笑いする。「もちろん飲みやしないわよ、人工的にチョコレートの味をつけない限りね」。そして農務省はその通りにした。このキャンペーンが実施された年に「チョコレートミルクを飲もうキャンペーン」に参加した食料品店は全米で28000軒だったという(Robert Cohen, Milk A-Z, Argus Pub Inc, 2001)。
 チョコレート味が大好きなアメリカの子どもたちが農務省の計画通り毎日チョコレートミルクを飲んだ場合、彼らは普通のミルクより234キロカロリー多く摂取することになる。シャーリーンは肩をすくめてこう言った。「政府の考えていることってさっぱりわからないわ。太った子どもたちがせっかく汗をかいても、体育館を出たすぐの廊下にはずらっとスナック菓子やコーラの自販機が並んで待ってるのよ。でなきゃその後の給食に出る甘いチョコレートミルクがね」】

参考リンク:運動による消費カロリー表(摂取カロリー・消費カロリー大辞典)

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 この『ルポ 貧困大国アメリカ』という新書は、非常に興味深い本でした。
 ウエスト・バージニア州の偉い人たちは、いったい何がしたいのだろうか……
 子どもたちに「運動」をさせるために「DDR」(ダンスダンスレボリューション)をやらせるというのは、けっして悪いアイディアではないと思うんですよ。いくら大人が「運動しなさい」とダイエットの必要性を説いても、いきなりマラソンをやりたがる子どもはいないだろうし。
 それにしても、「DDR」は1台につき1人、あるいは2人しか一度に運動できないわけですから、コストを考えるとものすごく非効率的な計画ではありますね。
 そして、何よりも驚くべきことは、この「チョコレートミルクを飲もうキャンペーン」。「ダイエットの必要性」をアピールしながら、こんなカロリーが高そうなものを給食に出してしまうというのは、正気の沙汰とは思えません。
 まあ、実際は「普通のミルクでは、飲んでくれないからしょうがない」という苦渋の選択なのかもしれませんけど、それじゃ子どもたちが肥満するのも当たり前です。

 参考リンクを見ていただきたいのですが、実は「運動で消費できるカロリー」というのは、運動した人が思いこんでいるほど多くはないことがほとんどです。
 僕も以前ダイエットの必要性に駆られてフィットネスクラブに通っていたことがあったのですが、地道に自転車をこいだり、ルームランナーで走ったりしても、「消費カロリー」はなかなか増えてくれませんでした。
 むしろ、「せっかく頑張ってカロリーを消費したのだから」と、「余計なカロリーを摂取しないように気をつけるようになった」効果のほうが大きいくらい。
 234キロカロリーを消費するには、「体重65キロの男性では、自転車こぎ1時間、あるいは、軽いジョギング30分間」が必要です。
 「DDR」はけっこう激しい動きを要求されるゲームですが、それでも、234キロカロリーを消費するには、10ゲームくらいやらないと難しいでしょう。
 草野球のあと、みんなで焼鳥屋に行き、「今日は運動したから」と生ビールを1杯飲んだ時点で、消費したカロリーは台無しになってしまう。スポーツ選手でもない限り、運動で消費できるカロリーなんて、そのくらいのもの。
 もちろん、こんなことはアメリカの専門家(までいかなくても、ちょっとこういう問題に興味を持って調べた人)のあいだでは「常識」のはず。
 ところが、こんなバカバカしい「政策」が本当に実行されているのです。

 しかもこれ、太っている子は『DDR』がなかなかうまくならず、嫌になってすぐ止めてしまいそうですよね。
 結果的に、なおさら「格差」が広がっていくだけのような気がするんだけど、大丈夫なのかアメリカ……