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2008年05月25日(日)
『徹子の部屋』が、「一切編集をしない」3つの理由

『聞き上手は一日にしてならず』(永江朗著・新潮文庫)より。

(ライター・永江朗さんが、各界の「プロの聞き手」10人に「聞き方の秘訣」についてインタビューした本から。黒柳徹子さんの回の一部です)

【永江朗:『徹子の部屋』は世界でも珍しい長寿番組になりましたね。ひとりで司会するトーク番組としては世界最長だとか。長く続くからには、それだけ画面にはあらわれない苦労も多いと思います。収録の前には、どの程度、スタッフとミーティングをするんですか。

黒柳徹子:月曜、火曜で6本録っています。本当は5本でいいわけですけど、少しずつ余裕を見て。6本録れば、1ヶ月で4本のストックができます。何があるかわかりませんからね。ユニセフの仕事で海外に出かけるため、夏休みとして収録を2週お休みします。芝居の舞台稽古があって休むこともあります。毎週、金曜日に打ち合わせをするのですが、いまディレクターが14人ぐらいいまして、ゲストの方と、打ち合わせをしてきます。そして金曜日に私にいろいろ伝えてくれるわけです。この打ち合わせが長いんですね。6人分ですから、ゲストおひとりに1時間以上。ディレクターは6人かわります。通してやっても6時間ですが、そんなに根を詰めてはできないので、少し休憩したりお茶を飲んだり雑談したりします。3時から始まって、終わるのは夜の11時ぐらい。それからお弁当を食べながらお話しして、12時ぐらいまでかかります。

永江:ええっ! 9時間も打ち合わせですか。それはすごい。

黒柳:すごいでしょう(笑)。金曜日に終わらないときは、月曜日に収録後に残りを打ち合わせることもあるんですよ。だいたいおひとりについて、私の手書きのメモ用紙が12枚になるんですね。6人分ですから72枚になります。

永江:打ち合わせも重労働ですね。

黒柳:この日がいちばん大変ですね。ゲストにお会いするときは、とても楽です。だって、ご本人なんだから。

永江:あはは。たしかにそうです。しかし、そんなに打ち合わせが必要ですか。

黒柳:これは番組が始まるときの私の希望で、一切編集をしないことにしたんです。生放送と同じようにやる。そのためには、下調べが充分でないと話を飛ばせないんですよね。

永江:話を飛ばす、といいますと?

黒柳:いちいち細かくお話を聞いていたのでは時間が足りません。下調べでわかっていれば、例えば経歴の部分を視聴者の方には私の口から説明して、話を飛ばせますから。

永江:ディレクターはどんなふうに、どんなことを調べてきますか。

黒柳:大宅文庫などでその方のバックグラウンドを知る資料を集めます。本も雑誌も新聞も、その方に関わるあらゆるものです。それからご本人と会ってお話を伺います。もちろん私も資料を読むことがあります。作家のときは大変です。資料やディレクターがご本人から聞いたこと以外に、私もその方の作品を読んでいかなければなりませんから。全作品は無理でも、処女作、賞をとった代表的な作品、それから最近のもの。この3冊ぐらいは読んでおかないと。このごろは芸能人でも本を書いていらっしゃる方が多いので、そういう本は読んでおきます。

永江:なぜ編集しないことにしたんですか。

黒柳:編集して面白いところだけ集めてしまうと、その方がどういう方かわからないでしょう。だって同じ言葉でも、「うーん」と考えこんで返事したことかもしれないし、即答だったかもしれない。編集で「うーん」を切っちゃったら、その方がどういう方か伝わらないでしょう? ラジオなら何十秒も音がなかったら事故ですが、テレビは「うーん」と考えていらっしゃる間、顔をうつせます。だから編集をしないためにも、打ち合わせは重要です。何回も出ていただいている方でも、必ず毎回打ち合わせをするんですよ。うんと仲のいい方でも。しないのは永六輔さんと小沢昭一さんぐらい(笑)。それと、もうひとつ、毎日編集したら、絶対に雑になりますよね。

永江:そうなんですか。

黒柳:それはそうでしょう。あんな長いものを編集したら。40分の番組を作るのに、60分録って20分カットするのは並大抵のことではありません。そんなことを毎日やっていたら絶対に雑になっちゃう。一週間に1回の番組なら面白いところだけを集めてもいいんだけど。3つめの理由は、編集すると、ゲストが「あそこをカットしてくれ」と言ったり、プロデューサーが「あそこを残したい」と言ったり、私も「ここを残して欲しい」とか、意見が合わなくなるから。それは大変ですから、とにかくナマと同じで勝負。編集はしないということを原則にしています。そうそう、編集をしないから、と、本心を話して下さるゲストも多いです。テレビ局の意志、番組の意志で、なんとでもなりますよね、編集すると。話した事、すべてそのまま出るなら、と、すべて話して下さるかたが多いのも、ナマと同じだからです。】

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 『徹子の部屋』という番組は、放送時間が平日のお昼ということもあって、僕にとっては、よっぽど気になる人がゲストのときに録画して観る(といっても、そういうことは年に一度あるかどうかです)、あるいは、祝日のお昼に流れているのを観るともなく眺めている、というくらいの存在です。
 率直に言うと、「なんだかこう、教科書的な対談番組で、ゴールデンタイムのトークバラエティなどと比べると刺激が少ないよなあ」という印象もあります。
 しかしながら、この黒柳さんの話を読んでみると、あの『徹子の部屋』は、非常に丁寧に作りこまれている番組なのだな、ということがよくわかるのです。
 黒柳さんがその日のゲストとお喋りをするだけ、のシンプルな形式の番組ではあるのですが、この番組だけで14人ものディレクターがいるなんて。
 そして、ゲスト一人あたりにディレクターが一人つき、かなり綿密な打ち合わせを行ったのちに「編集しないことを前提とした」収録が行われます。

 僕は『徹子の部屋』を観ているとき、いつもちょっとした「冗長さ」を感じてしまうのですが、たぶんそれは、この番組が「編集をしていないから」なのだろうな、ということが、この話を読んでいてわかりました。
 日頃、「面白いところだけを編集して、『笑うところ』ではテロップ入り」という親切なバラエティ番組に慣れてしまっているのでしょうね。

 黒柳さんが、【編集して面白いところだけ集めてしまうと、その方がどういう方かわからないでしょう。だって同じ言葉でも、「うーん」と考えこんで返事したことかもしれないし、即答だったかもしれない。編集で「うーん」を切っちゃったら、その方がどういう方か伝わらないでしょう?】と仰っておられるのは、まさに日常のコミュニケーションでの「相手がどんな人かを知るための視点」なのです。
 「答え」そのものだけではなく、「答えが出てくるまでの間や答えかた」というのは、誰かと会話しているときには非常に気になるものですよね。
 しかしながら、「間」の部分は、通常のバラエティ番組では「つまらないから」カットされてしまうことが多いのでしょう。
 そういう意味では、編集して「面白い発言」ばかりを集めても、「面白い番組」はつくれても、「発言者がどんな人か」というのはわからずじまいなのかもしれません。
 もっとも、僕も含めて、視聴者というのは「ゲストの人間性を知りたい」というよりは、「ゲストに面白いことを言って愉しませてほしい」と考えている場合が多いので、結果的に番組側も「視聴者のニーズに沿って」いるような気もしますが。

 『徹子の部屋』が、「編集をしない番組」であることはけっこう知られているのですけど、この黒柳さんの話のなかでいちばん意外だったのは、「編集をしないからこそ、本心を話してくれるゲストも多い」という部分でした。
 「編集できないような番組では、怖くて『本心』なんて喋れないのでは?」と思っていたのですが、マスコミやメディアというものをよく知っている人たちにとっては、「編集で自分の『問題発言』をカットできること」のメリットよりも、「編集によって、自分の『本心』が歪めて伝えられてしまうこと」のほうが「怖い」ことなんですね。