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2008年01月21日(月)
ナインティナインの岡村さんが「笑いの神様っていんねんな」と思った瞬間

『働きマン仕事人に聞く』(一志治夫・文、安野モヨコ・画:講談社)より。

(各界の「仕事人」たちへのインタビュー集。ナインティナインの岡村隆史さんの回の一部です)

【テレビに出始めてみると、一見簡単に思えることが意外に難しいことがわかってくる。お笑いの深さを改めて知ることになるのだ。
「『とぶくすり』とかやってるころ、プロデューサーさんから『お前らプロちゃうんか』と叱られて、そうやそうや、プロやった、と思ったこともあった。年齢の近い仲間と一緒やったし、遊びで始まっていた部分もあったので、周りから厳しいことを言われて気づくことも多かったんです。自分らは楽しいと思ってやっていたけれど、『もっとテレビをわかれ』と言われ、どんどん教えてもらっていった。カメラがどこを向いているのかを意識して、カメラが来たときにボケる。カメラが回っていないところでボケても仕方ない。お笑いとはなんぞや、ということを現場で叩き込まれた」
 プロデューサーから、こういわれたこともある。
「そんなネタで笑うわけないよ。あのカメラマン、志村けんと一緒にやってきた人だよ。そんな小細工は通用しない。いまの頭を壁にぶつけるシーンだって、志村けんならどうしてたか」
 そんな問いかけをプロデューサーから投げつけられて、岡村たちは成長を続けていったのだ。
「子どものころから見ていたような有名な番組に出るときは、やっぱりプレッシャーもあった。足がすくんで前に出られないとか。でも、結局、前に出られへんかったら、映らないままで終わってしまうし。『とにかく、打席に立たないと意味がない』とプロデューサーからは注意された。『とにかく打席に立って、それでもしスベッても、編集で消されているだけのこと。ウケたらオンエアに乗るんだから、ビビッて前に出ないようなヤツは、結局、いてもいなくても一緒なんだ』と言われたんです」
 岡村には、いまだに忘れられないシーンがある。「なるほどザ・ワールド春の祭典』に出演したときのことだ。そこそこ売れてきていたとはいえ、まだ全国区とは言い難い時期だった。
「スタジオの前のほうに脚のついたボタンが置いてあって、早押しで問題に答えるコーナーがあったんです。志村さんとかとんねるずさんとかがいて、志村さんとかがむちゃくちゃボケるんです。ボタンじゃないところをパーンと叩いたり。うわー、ええなって。でも、そんな錚々たるメンバーと一緒だから、前に出て行けないんですよ。でも、打席に立たんとと思って、次の問題になった瞬間に僕はばーっと走り出したんです」
 そのとき、事件が起きる。
「笑いの神様っていんねんな、と思ったんですけど、ボタン押そうと思って、ボタンしか見てなくて、そしたら、司会の楠田枝里子さんがふわーって視界に入ってきたんです。それで、楠田さんにぼかーんと激突したんですね。楠田さん後ろによろけて倒れはった。で、お前、何してんねーんとなって、今田(耕司)さんが僕と同じチームで、僕のことをぱかーんと投げて、その瞬間に力のある先輩方がどんどん突っ込んでくれて、僕はただすみませーんって謝ってた。とにかく、それがものすごい笑いになって。ああ、打席に立てばええことがあるんだ、とそのとき思ったんです」
 こんなことを繰り返しながら、ナインティナインの岡村隆史は、お笑い界の中で少しずつ地歩を固めていった。90年代前半には、長寿番組となる「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系)、「ぐるぐるナインティナイン」(日本テレビ系)がスタートする。】

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 この岡村さんの話を読んでみると、テレビに出ているタレント、とくに「芸人」さんたちというのは、「ただ舞台の上で面白いことをやっていればいい」というものではないのだな、ということがよくわかります。大勢の同業者がいるバラエティ番組で、どんなに面白いネタをやったり、ボケたりしても、タイミングやカメラの向きをある程度「計算」していなければ意味がなくなってしまうのです。そう考えると、「ひな壇芸人」だって、そんなに簡単なものではなさそうです。

 お笑いの世界で志村けんさんや鶴瓶さん、明石家さんまさんなどの「ベテラン」たちが長い間君臨していて、若手はなかなかその牙城を崩せず、ちょっと売れてはすぐ消え……という状況が長い間続いているのは、結局のところ、ベテランたちは『テレビをわかっている』というのが大きいのではないかと思います。
 ひとつひとつのネタに関しては、勢いのある若手のほうが面白い場合だってあるのでしょうが、「テレビという媒体を使って自分や出演している番組をプロデュースする力」というのは、一朝一夕に身につくものではないでしょうし。

 デビューから順調に売れてきているように見えるナインティナインなのですが、岡村さんがここで話されている「笑いの神が降りてきたのを感じた時の話」は非常に印象的なものでした。どんなに勢いのある若手芸人でも、志村さんやとんねるずを前にすれば萎縮してしまって、なかなか足が前に出ないのではないかと思うのです。でも、岡村さんはそんな中、意を決して「打席に立とうとした」。
 たぶん、この番組の視聴者からすれば、「よくあるバラエティ番組の1シーン」でしかなかったと思います。でも、これは本当に、岡村さんにとっては一つの大きな「転機」だったようです。この「ものすごい笑い」を生んだのはアクシデントがきっかけだったのですが、あの場面で岡村さんが駆け出さなければ、このアクシデントも起こらなかったわけですから。
 もちろん、この出来事がなくても、ナインティナインはそれなりに売れていた可能性は高いでしょう。でも、この「体験」が無かったら、「打席に立とうとする姿勢」に自信を持ちきれなかったかもしれません。

 しかし、この場面でも今田耕司さんの突っ込みがなければこんなに大きな笑いには繋がらなかったでしょうから、「自分だけが目立てばいい」というのでは、うまくやっていけないのも芸人稼業。芸人としては自分を目立たせたいけど、みんなが「俺が俺が」では、面白い番組にはならないはず。
 ずっと同じメンバーで番組を続けているので「馴れ合い」っぽく見えたりもするのだけれど、この話を読むと、岡村さんが「仲間」を大事にしている理由がわかるような気がします。