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2007年08月08日(水)
「キットカット」を蘇らせたマーケティングの極意

『売れないのは誰のせい? 最新マーケティング入門』(山本直人著・新潮新書)より。

【テレビCMの効果があやふやだと思っても、どうすれば消費者に情報を届けられるのか。それは売り手にとって切実な問題である。しかし、いきなり2兆円の価値を問われても、少々迂遠なことに感じられたかも知れない。
 それでは、新しい売る知恵はどのように生まれてくるのだろうか。テレビCMを核としたビジネスにこだわる人もいるが、危機感を持った人はもう動き始めている。そうした事例を一つ紹介しよう。
 キットカットというチョコレートがある。かなりのロングセラーであり、シェアを持っている商品だ。だが、ある時期から停滞期に入っていた。もっとも大切な顧客である10代の若者にとって「有名だけれど、特に好きというわけではない」という位置づけのものになっていたのである。
 これはロングセラーの定番商品の陥りやすいパターンでもある。簡単に言えば、マンネリになっていたということである。それはテレビCMにおいても同様だった。
 このことに危機感を持った広告クリエイターたちは、どのように考えて行動したか。その経緯について書かれた本(関橋英作『チーム・キットカットのきっと勝つマーケティング――テレビCMに頼らないクリエイティブ・マーケティングとは?』ダイヤモンド社 2007年)が最近刊行された。詳細は同書にこと細かに記されているが、発想はシンプルである。
 メインターゲットとなる高校生と、どのような関係作りをすることがブランドにとってもっとも有効か? この問いを徹底的に考えて、テレビCMのみに頼らないアイデアを考えたのである。
 高校生が一番ストレスを感じる時はいつか? その時に、ブランドといい関係を結べることが重要と考えて「受験」に注目する。そして福岡の大宰府辺りでキットカットが「受験のお守り」になっているという話を耳にした。
「必ず勝つ」を福岡弁では「きっと勝つとお」という。他愛のない駄洒落ではあるけれど、ここからキットカットを「受験のお守り」として位置づけ、段々と高校生との絆を深めていくというストーリーである。
 その過程には、テレビCMのみに頼らないマーケティングの知恵が凝縮されている。まずは受験シーズンのホテルで、チェックインした受験生に桜の葉書とキットカットを渡す。もっとも心細い時に誕生した、人とブランドの絆。ジワジワと反響が広がっていく過程は、小さな源流が段々と集まり、川の流れを生んでいくような趣がある。インターネット上のショートムービーや、卒業式でのサプライズ・ライブ(飛び入りのバンド演奏)など、定式に頼らないアイデアが続々と誕生していく。
 マーケティングは「客の立場に立って知恵を使い続けること」と第1章で定義づけたが、そういう観点で考えればキットカットの施策は、まさにマーケティングそのものと言える。】

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 「キットカット」というチョコレート、僕が子供の頃、今から数十年前にすごく流行ったあとに「定番商品」になってはいたのですが、確かに、次々の新商品が発売されるお菓子業界のなかでは、「有名だけれど、特に好きというわけではない」という感じになっていたのではないかと思います。
 僕が日頃お菓子をほとんど口にしない、ということを差し引いても「まだこれあったんだ、懐かしい!」という理由以外で「キットカット」を好んで口にするような機会はほとんどありませんでした。

 でも、これを読んでみると、そういえば最近になって、なんとなく「キットカット」の名前を耳にするようになったな、という気がしたんですよね。
 「キットカット」が受験のお守りになっている、なんていう話も聞いたことがありますし。
 ただ、九州人であり、博多弁をよく耳にする僕からすれば、【「必ず勝つ」を福岡弁では「きっと勝つとお」という】というのは、ちょっとムリがあるというか、地元の人はそんなふうには言わないよ……という感じではあるのですが、「イメージ」っていうのは、えてしてそういうものなのでしょう。キレンジャーみたいなしゃべり方をする熊本の人がいないというのと同じことです。

 それにしても、この「チーム・キットカットのマーケティング戦略」というのは、まさに「顧客の身になって考えた」ものだなあ、と僕はすごく感心してしまいました。
 今の中高生にとっては、「チョコレート」というお菓子には、とくに強いインパクトは無いはずです。なかなか手に入らないほど珍しいものではなく、チョコレートも買えないほどお金に困ってもいないでしょうし。

 ところが、同じ1枚の「キットカット」でも、それが渡された場所が「受験のために泊まったホテルのロビー」であれば、やっぱりそれはすごく記憶に残りやすいのではないかと思うのです。受験日の前日というのはみんな不安だろうし、夜遅くまで勉強している人も多いはず。夜遅くまで勉強していれば、疲れも溜まりますし、お腹もすいてきます。
 そんな夜に、「そういえば、あれもらったんだっけ……」と思い出して、「受験のお守り」と言われているキットカットを口にして、その甘さになんだか少しホッとする瞬間。
 こういうのって、たぶん、なかなか忘れないはずです。

 もちろん、不合格だったら、「何が『きっと勝つとお』だ!」なんて憎悪の対象にされてしまう可能性だってあるのですが、だからといって、不買運動をはじめる人もいないでしょうし。

 こんなふうにしてできた、高校生とキットカットとの「絆」というのは、おそらく、そう簡単には失われないはずです。
 企業側の「言いたいこと」をばら撒くだけじゃなくて、ちゃんと、伝えたい相手の立場になって考え、工夫するっていうのは、すごく大切なことなのです。
 予算が乏しく、テレビで大々的にCMを流せなくても、あきらめずに知恵をしぼれば、「伝えられること」っていうのは、けっこうたくさんあるのかもしれませんね。