初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2007年05月18日(金)
たった一言で部下のやる気をなくさせた、新しい上司の言葉

『話すチカラをつくる本』(山田ズーニー著・三笠書房)より。

(「部下にやる気を出させる指示の出し方」という項の一部です)

【「部下に仕事の分担を告げたら、とたんに雰囲気が悪くなった、メールを開けたら文句がいっぱい」
「部下に仕事をふりづらくて、結局自分でかかえこんでしまっている」
 こんな悩みは、決してリーダーだけのものではありません。仕事で同僚やスタッフに指示を出す、趣味や地域の活動で人に仕事をふる、といったことは多くの人にあります。
 同じ仕事をふるのに、一瞬でやる気をなくさせる言い方と、やる気を奮い立たせる言い方。この差はどこから生まれるのでしょうか?
 私自身、企業で編集をしていた16年間に、上司の側も、部下の側も経験しました。あるとき異動になったのですが、送り出す側の上司は、それまで、私が編集で成果を出していたことを認めた上で、
「山田さん、新しい部署の人に、こんなスゴイ編集の世界があることを教えてやってくれ!」
 と言ってくださったのです。愛着のある仕事を離れるのは辛いことですが、この言葉にずいぶん癒されました。
 ところが、新しい上司は、もとの上司と人事が「編集実績が生きるように」と配慮したポストと、まったく違うポストに行けと言いました。異動で、送り出す側の意図と、行った先の配属が変わることはよくある話なのですが、それは、どう割り引いても私がこれまでやってきたこととつながらないところでした。
 なにより新しい部署の上司は、たった一言で私のやる気をなくさせたのです。
 それは、新部署にあいさつに行って、初対面、開口一番に、新上司が言ったこの言葉でした。
「山田さん、あなた、何年目?」
 異動者の社歴やこれまでの仕事などは、人事を通して資料が渡っているはずです。でも、新上司は、それを見ていないのか、読み飛ばしてしまったのか、とにかく、私のそれまでの仕事が頭に入っていないことを伝える言葉でした。
 まさにつながりの危機です。
「昨日の私は、今日の私ではない。昨日までやってきたことは、今日はまったく理解されない。今日がんばっても、こんなふうに、明日また理解されないかもしれない……」
 同じ、異動者に最初にかける言葉でも、
「編集をがんばっていた山田さんですね、人事から聞いていますよ」
 などだったら、たった一言でもずいぶんやる気は変わってくると思います。】

〜〜〜〜〜〜〜

「君、何年目?」
 状況はちょっと違うのですが、僕もこの言葉に傷つけられた記憶があるので、これを読みながら、自分の経験を思い出してしまいました。
 僕の場合は、他の病院の先生から患者さんの紹介の電話があって、その患者さんの病状を詳しく聞こうとしたときに、いきなり相手が「君、何年目?」とキレて怒り出してしまった、という話なのですけど。

 この相手は、明らかに僕より10年くらい年上で、それは相手も十分承知しているはずです。にもかかわらず、いきなりこんなふうに言われて、僕は正直なところ、かなり混乱してしまいました。
「何年目って……僕がこの仕事を始めてから何年目かってことだよなあ……僕が何年目かっていうのと、いま話している仕事について、何か関係があるのか?」と。
 まあ、あとから冷静になって考えると、「俺はお前の先輩なんだから、ゴチャゴチャ言わずに俺の言う通りにしろ!」ということだったみたいです。いや、僕の言葉遣いや口調に問題があったのかもしれませんが、このときはさすがに僕も腹が立ってしょうがありませんでした。僕が間違ったことを言っているのなら、それを指摘してくれればいいのですが、紹介であれば、紹介先にある程度の情報を教えるのは当然のはずです。僕はそのとき外来の最中で、まだこれから診なければならない患者さんのカルテが山積みでしたから、緊急性がどのくらいある患者さんなのかというのは、非常に重要なことだったのです。

 今、こうして思い出しながら書いているだけで不愉快極まりないのですが、僕はその人のことを「『年齢』『経験年数』だけで他人を押さえつけようとする、恫喝的で無能な人」だと今でも思っています。でもね、こういう人って、けっこういるんですよね実際に。
 それで、本人は「自分は年上として礼儀を教えてやっている」とか勘違いしているわけです。じゃあ、僕が80であなたが90になっても、「先輩」の言うことには無条件で従わなくてはならないのか、と。その人が、僕の専門とか置かれている状況をすべて無視して「卒業して何年目か?」という、「明らかに自分のほうが上である数字」を引っ張り出して優位に立とうとしていることに、僕は心底ムカつきました。そもそも、その人は僕の大学の直接の先輩でもなければ、直接の面識すらない人でしたし。

 結果的には、僕は拳を固く握りしめ、打ち震えながらもその「先輩」に形式的に謝罪し、患者さんは引き受けたんですけどね。そして、そんなふうに「オトナの対応」をしてしまう自分のこともけっこうイヤになりました。

 初対面で同じくらいの立場の人であれば、「何年目?」って聞かれるのは別に不愉快でもなんでもないのです。同じくらいの年の人って、お互いにどう接していいのかかなり困ることがありますし、そういう「関係性」がはっきりわかっていたほうが付き合いやすいことも多いですよね。
 僕だって基本的に先輩は立てているつもりです。でも、「後輩として自発的に先輩を立てる」ことと、「先輩なんだから、何でも言うことをきけ!と強要されること」は、僕の中では大きく意味が異なるのです。少なくとも「先輩だから敬え」と主張する人に対しては「『先輩であること』以外に何か誇れるものはないんですか?」と尋ねたくなってしまいます。

 このズーニーさんの例に関して言えば、上司は軽い気持ちで「確認」しただけなのかもしれませんが、結果的には、部下のやる気を削ぎまくっています。言葉を深読みする部下であれば、いきなり「何年目?」なんて上司が聞いてくるのは、「お前は俺より経験が浅いんだから、俺に逆らうなよ」と釘を刺されているのではないか?とか、「その経験年数に見合った仕事ができるんだろうな?」と疑われているのではないか?とか考えてしまうことだってあるでしょう。
 こういう上司は、「相手のことを知ろう、評価しようという努力をしていない人」「わかりやすい『経験年数』というファクターだけで先入観を抱いてしまう無能な人」とまでは思われなくても、「あまり自分に対してフレンドリーではないな」というくらいの、ややネガティブなイメージを与えてしまうことは間違いなさそうです。

 ほんと、ちょっと履歴書に目を通したり、前任の部署の人に仕事ぶりを聞いたりして、「○○の仕事で頑張ってたんだってね」って言うだけで、初対面の印象は全然違ったものになるはずなのに。

「あなた、何年目?」
 あなたの部下が聞いてもらいたいのは、「経験年数」ではなくて、「いままで積み重ねた技術や経験の中身」なのだけどねえ……