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2007年03月15日(木)
突然、『スーツを買ってやる!』と言い出したお父さんの話

『ゴー宣・暫<1>』(小林よしのり著・小学館)より。

(小林よしのりさんが語る、亡くなられたお父さん、小林携次郎さんについて。初出は月刊『ランティエ。』(取材と文・北井亮))

【小林よしのり「うちの父親は、節目節目で自分の成長に役立つことを言ってくれるんよね。ほかにも、大学時代に商業高校の同窓会があったんやけど、そのとき突然、『スーツを買ってやる!』と言い出した。当時のワシはボロボロのジーンズとTシャツしか持ってなかったけど、それで十分だと思っていたから『いらん!』って答えたんよ。そしたら父親が、『ほかの皆は就職して社会人だしスーツで来る。だから買ってやる』と言い張る。普段、そんなこと言われたことなかったから、何を考えてるのかとビックリした」

 押し問答の末、「じゃあ着ていかんでもいい。持ってきて着て行かんのと、持たなくて着て行かんのとでは全然違う」と無理矢理デパートに連れて行かれ、スーツを買い与えられた。

小林「恐らくは、父の貧乏体験が理由だったんだと思う。父が兵隊に取られているとき、自分の母親へ宛てた手紙を見たんやけど、そこにはこう書かれていた。『シャツが足りません。お願いですから送ってください。ムダ使いもしてないし、お国のために頑張っておりますので何卒お願い致します』。ワシ、それ見て涙が出たね。兵隊全員が平等に見える軍隊のなかでも、物を持っていないとみじめな思いをする。そんな些細なことでも男のプライドが損なわれることがあると知っていたから、同窓会に行くためだけにスーツを買ってくれたんやね」
 こうした父の言動が、自分という人間の核を成していることに気づいたことで、ようやく親孝行も意識できるようになったという。
「あるとき父を香港に連れて行ったんよ。それで、ナイトクルーズの船上で『またいつか来たいね』とか言ったら、『いやぁ、もう来ることなかろうや』って(笑)。実際、もう海外に行くことはなかったんよね」】

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 僕も成人式のとき似たような話があったなあ、と思いながら、僕はこのエピソードを読んでいました。確か、そのとき僕は、「スーツなんて要らないから、そのお金を現金で欲しい」とかなんとか言ったような記憶があります。そんな「ムダ使い」をするくらいなら、父親が自分の服でも買ったらいいのに、とか。当時の僕は「人間は服装で価値が決まるものではない」と思っていましたし、そんなふうに見た目にこだわる親が、なんだかとても古臭い「過去の遺物」のように見えていたのです。ほんと、今から考えたら、イヤイヤながらでも、買ってもらっていればよかったなあ、という気がします。

 この「じゃあ着ていかんでもいい。持ってきて着て行かんのと、持たなくて着て行かんのとでは全然違う」というお父さんの言葉、おそらく当時の小林さんは、「着ていかないスーツを買うなんてもったいないし、バカバカしい」と反発されたのではないでしょうか。でも、お父さんは自分の体験から、「同じような環境にいるはずの人間のなかでの、ちょっとした差」というのが、ときに、ものすごく大きな傷として残ることがある、ということを知っていたのでしょうね。成人式とか同窓会レベルならさておき、軍隊生活なんてみんな同じようなものだと僕は想像していたのですが、「同じようなもの」だからこそ、「違い」を感じずにはいられないところもあったのです。いやまあ、この話の場合、プライド以前に、本当にシャツが足りなくて着る物がなくて困っていたのかもしれませんが。

 結局、僕は成人式には出席せず、いくばくかの小遣いをもらっただけのような記憶があるのですけど、最近、僕も親になったら、同じようなことをして子供に煙たがられるのだろうな、と思うようになりました。
 「昔はバナナ1本丸ごとなんて到底食べられなかった」と語りながら子供たちに、もう珍しくもなくなっていたバナナを食べさせようとしていたのを思い出すたびに、親の心っていうのは、子供にはなかなか伝わらないものだよな、と考えてしまいます。