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2006年12月25日(月)
『このミステリーがすごい!』の歴史的変遷

「このミステリーがすごい!2007年版」(宝島社)より。

(「このミステリーがすごい!」の19年間の歴史のなかで、もっとも多くの作品(13作品)がランキング入りしている、大沢在昌さんのインタビュー記事の一部です。構成・文は友清哲さん)

【インタビュアー:今年で作家生活28年目という大ベテランの大沢さんですが、その間の文芸シーンの変遷について、どのような印象をおもちですか?

大沢在昌:それは逆にこちらが訊きたいというのが本音かも。なにしろ我々作家の側は、「『このミス』に載っていて、『このミス』より売れる本はない」と皮肉を言って笑っていたものですから(笑)。

インタビュアー:確かにおかげさまで、毎冬『このミス』フェアを書店さんが組んでくださったり、媒体として得難い知名度をもつに至ったとスタッフ一同感謝しています。

大沢:ある編集者は「『このミス』で1位を獲ることは、文学賞をひとつもらうのと同じくらいの効果がある」と言ってました。実際、あまり知名度のない文学賞を獲るよりも、『このミス』で1位になるほうが間違いなく本は売れると思うんですよ。そういう意味ではミステリーが隆盛を迎えるまでの推進力の中で、『このミス』の存在は大きかったと思う。文学賞の場合は候補になるかどうかという点に運・不運もありますが、『このミス』に関してはそれなりの仕事をすればランキングに入れるし、それがまた本の売り上げとして作家に還元されるという”貢献”があったと思うんですよ。

インタビュアー:作家のかたにそのように認識していただけるのは、本当に嬉しいことです。

大沢:僕の『新宿鮫』にしても、1位になったことでやはり売り上げに大きく貢献してもらったと思ってますから。この作品ではその翌年に賞もいくつかいただいているんですけど、『このミス』がいちばん大きな勲章だったかもしれません。じつは『新宿鮫』には、オビが7種類くらいあるんです。”○○賞受賞作”などと謳ったもので、最初は小さく「『このミステリーがすごい!』第1位」と添えてある程度だったのを、これは逆だろうと、『このミス』の記載のほうを大きくしたバージョンを別にまた作ったりして。『このミス』でトップになったことで大沢在昌がブレイクしたというのは、間違いないと断言できますね。

インタビュアー:大沢さんのキャリアと時を同じくして成長してきた媒体ですから、とても光栄に思います。

大沢:ただ、厳しいことを言わせてもらえば、1位になったすべての作品がブレイクしているかというと、必ずしもそうではないでしょう? 『新宿鮫』のころにはまだ、1位ということであれば無条件に手に取ってもらえるような空気が読者側にあったと思うんです。もちろん、1位になった作品をブレイクさせなければならない縛りが宝島社にあるわけではないけど、1位を獲った作品でも吟味する冷静さが今の読者にはあるのかな、と。

インタビュアー:なるほど。出版点数の増加や国産ミステリーの多様化なども無関係ではないかもしれませんね。

大沢:結局こうしたランキングというのは、すでに1位を獲った経験があったり、作家として相当な認知度をもっている人にとっては、ハンディ戦のようなところがあると思うんですよ。たとえば投票者の間で「今さら宮部みゆきじゃないだろう」という空気があったとしても、それでもやはり『模倣犯』だったら推さざるを得ない、これはまさに横綱相撲です。僕の『新宿鮫』のときはそういうハンディがまだ皆無で、むしろ大沢在昌が頑張ったからここはこいつを推しとこうや、という空気で1位にしてもらった面もあったと思う。】

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 宝島社の『このミステリーがすごい!』という本が、革命的なミステリーのランキング本として最初に世に出てから、もう19年になるのですね。いまの日本のミステリーの隆盛にはこの本の貢献度が非常に大きかったと思いますし、大沢在昌さんも『このミス』で1位になったおかげで、自分がブレイクできた、と仰っておられます。考えてみれば、今から20年前の日本のミステリー界というのは、僕を含む多くの「潜在的読者」にとっては、「読んでみたくても、どの本を手にとってみればいいのかわからない」という状況だったような記憶があります。インターネットも『ダ・ヴィンチ』もなく、『本の雑誌』の存在すら知らない田舎の本好きにとっては、「ミステリー」というジャンルは、興味があっても、かなり敷居が高かったんですよね。本、とくに新刊書って、中高生にとっては、けっして安い買い物ではないですし。

 そんな中、『このミステリーがすごい!』が刊行されたのは、非常に大きな事件でした。「文学賞」はともかくとして、ある一定のジャンルの本を識者が投票し、それを点数化してランキングするという手法には、かなりの反発もあったようです。「小説っていうのは、そんなものじゃない!」って。あるいは、本の紹介をするときに、どうしても一部ネタバレしてしまうところもありますし。でも、「どのミステリーを最初に読んだらいいのかわからない」という読者にとっては、『このミス』が、ひとつの「読んでみる基準」になったのは間違いありません。大沢さんだけでなく、『このミス』で上位にランクインしたおかげでブレイクした作家もたくさんいます。
 ただ、その一方で、『このミス』そのものも、その影響力の大きさによって、変わっていかざるをえない面も出てきているようです。【「『このミス』に載っていて、『このミス』より売れる本はない」】というのは、ごく一部の例外を除いてはまさにその通りなわけで。「作品そのもの」よりも、「作品を紹介し、格付けする本」のほうが売れてしまうというのは、やはり、作家側としてはちょっと腑に落ちないところはあるのかもしれません。まあ、自分の作品が毎回上位で、『このミス』が売り上げに貢献してくれているのならともかく。もっとも、他のジャンルにおいても、『ファミ通』より売れているゲームというのはごく少数だったりもするのですけど。

 ここに書かれているように、ベテラン作家に関しては「この人はこのくらい書けて当たり前」というようなハンディもつけられているような印象もあるんですよね。読者側としても、「いつもの人」よりは「期待の新星」の作品を読みたい、という意識は間違いなくあります。
 最初は「ブレイクスルー」であったはずの『このミス』も、「権威化」してしまうと、逆に「『このミス』で上位にランキングされていないから、駄作なんじゃないか?」と思われたりもしそうです。

 逆に、ここまでミステリーというジャンルが多様化してくると、「1位だから万人ウケするような作品」というわけでもないですしね。ランキングそのものよりも、上位のなかで、自分好みの作品を探す参考書的な使い方をしている人も多いのではないでしょうか。今回1位になった『独白するユニバーサル横メルカトル』(平岡夢明著)なんて、「すごい!」のかもしれないけれど、扱われている内容(ちなみに、スカトロとか人肉食とかが扱われているそうです。うーん)が、「僕はちょっと遠慮させていただきます」という感じですしね。