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2006年10月15日(日)
10秒でわかる『機動戦士ガンダム』

「人生激場」(三浦しをん著・新潮文庫)より。

【こんにちは。先日、一緒に飲んでいた人が、『機動戦士ガンダム』(俗に言うファーストガンダム)の物語を、「右も左もわからない主人公ががむしゃらに頑張り、最後についに、僕には帰る場所があったんだ、と気づく話」とまとめたのだが、これ以上簡にして要を得たまとめもあるまい、と私は目から鱗が二、三枚落ちた。
 それを隣で聞いていたMちゃんが、
「え、でもガンダムってロボットですよね? 帰る場所を云々するようなロボットなんですか、ガンダムは」
 と言ったので、私は、「そうか! 私の中ではガンダムって、朝に人と会ったらおはようを言いましょう、という習慣と同じぐらい体に染み込んだアニメだけど、それは私がオタクだからで、私より年下の二十歳そこそこの女の子にとっては、常識でもなんでもないんだな」と、これまた目から鱗が百枚ぐらい落ちた。
 そこで、今も熱狂的ファンを持つ名作アニメ『ガンダム』について、Mちゃんに説明することにした。
「いやいや、ガンダムはロボットで合ってるよ。でも、主人公はアムロ・レイという悩める少年なのさ」
 一緒に飲んでいた男性諸氏も、ガンダム基礎知識をMちゃんに伝授する。
「アムロが乗るロボットが、ガンダムなんだよ」
「えっ! ガンダムって人が乗れるんですか!」
 と驚くMちゃん。
「うん。中に乗り込んで操縦するんだよ」
「ちなみにガンダムのことをロボットとは言わない。あたかも衣装を着て自由に手足を動かすごとし、という意味合いをこめて、モビルスーツと総称される」
「『ガンダム』の世界では、人間の乗ったモビルスーツが、宇宙で戦争するのだ」
 私達が次々に繰り出す説明に、Mちゃんは「へえ」と目を白黒させた。
 日本はアニメ大国と言われ、世界中のオタクたちから熱き視線を送られているそうだが、それはあくまでもオタクの世界でのことだったのね。私なんて、ガンダムの主題歌のみならずエンディングテーマも歌えるってのに、私と同じ町内に住むMちゃんは、アムロの存在すら知らなかったのだから。自分の中での常識を世の常識と思うな、という言葉を、改めて噛みしめねばなるまい。
 それにしても実際、どれぐらいの人が『ガンダム』を見たことがある(または、だいたいのストーリーを知っている)のだろう。私の感触では、現在20代半ば〜30代後半で、子どものころに日本に住んでいた人(特に男性)は、なんらかの形で『ガンダム』という作品に触れたことがあると思われる。その人たちの親も、子どもと一緒にアニメを見たり、「プラモデル買って!」とねだられて困惑したりと、『ガンダム』の存在を把握できていそうだ。

(中略)

 ところで、冒頭に挙げた『ガンダム』についての要約文は、どんな話でもそれなりにまとめてしまう魔法の要約文であることが判明した。
 たとえばこれを『キャンディ・キャンディ』に当てはめると、「右も左もわからない主人公ががむしゃらに頑張り、最後についに、丘の上の王子様はアルバートさんだったんだ、と気づく話」となるし、『走れメロス』だと、「右も左もわからない主人公ががむしゃらに頑張り、最後についに、しまった!俺ったら裸だよ、と気づく話」ということになる。
 いろいろと要約してみて気づいたのだが、名作と呼ばれる物語の主人公には、右も左もわからない人がやけに多い。その純粋さが人々の胸を打つ……のか?】

〜〜〜〜〜〜〜

 三浦さんがここで書かれている「ガンダムを知る中心世代」の一員である僕としては、このMちゃんのリアクションというのは正直「『ガンダム』を知らないなんて、信じられない!」のですけれど、確かに、『ファーストガンダム』がTVで最初に放映されたのが1979年ですから、いくら何度も再放送されたり、映画のビデオやDVDが発売されているとはいえ、さすがに今の十代の人にとっては「アニメ歴史年表上の作品」になってしまっているのでしょうね。最近は「名作アニメベスト100」というようなテレビ番組も多いのですが、あのくらいの時間では、内容なんてわからないだろうし。

 ところで、この、「右も左もわからない主人公ががむしゃらに頑張り、最後についに、○○だよ、と気づく話」っていうのは、実は、「名作」と呼ばれる物語のひとつの「王道」みたいなんですよね。『スーパーマン』みたいな一部の「最初からスーパーヒーローだった人の話」を除けば、多くの「名作」は、これで「要約」できてしまいそうなのです。『あしたのジョー』だってそうだし、『エヴァンゲリオン』だって、このカテゴリーに入ってしまいます。碇シンジが「がむしゃらに頑張っている」かどうかは微妙なところですが、まあ、がむしゃらにもがいている、とは言えそうですし。
 逆に考えれば、こういう話を書けば「名作」になる可能性が高いということなのです。いやまあ、読む側も「がむしゃらにがんばるプロセス」とか「襲ってくるさまざまな障害」が面白くなければ、最後までつきあってはくれないのでしょうけど、「王道」には、そんなにバリエーションはないのかもしれませんね。

 でも、本当に今の二十歳そこそこの女の子って、『機動戦士ガンダム』を知らないのが「普通」なのかなあ。理屈ではわかっていても、そんな「若さゆえのあやまち」を認めるのは辛いです。
 僕にはもう、還る場所もないのか……