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2006年09月08日(金)
オシム監督の「潔さ」

「Number.660」(文藝春秋)の特集記事「オシムの全貌。」より、「智将を知るための5つのエピソード」(木村元彦・文)のなかの1つ。

【'02年にグラーツを去った真相に見る”潔い気質”。

 リーグ戦優勝2回、カップ戦優勝3回、チャンピオンズリーグ出場3回。就任以来、オーストリアの中位クラブだったグラーツを飛躍的に成長させたオシムは何故このチームを去らなくてはならなかったのか? クラブのハネス・カルトウニック会長との確執が原因とされている。
「中立的な立場からモノを言おう」とコメントをくれた地元紙クローネン・ツアイソンのカリンガー記者によれば、発端は会長が、常勝を求め始めたことによるという。チームは生き物であり、世代交代も含めて調子には波があることを前提とするオシムの考えは理解されなかった。
 チャンピオンズリーグ出場という歓喜から時は経ち、やがて溝は深まって行った。メディアに対し、会長が故郷ボスニアについて中傷的な発言をしたことをオシムは許せなかった。またオシムに対する給料の不払いが表面化する。クラブの経済事情を知るオシムは和解を望んだが、クラブ側は高圧的な態度に出たため、やむなく裁判に。一説によると、不払い金額は15万ユーロだったが、弁護士料なども含んで37万ユーロに膨らんだという。裁判には勝ったが、クラブの経済事情を考え、オシムは分割払いを認めた。カリンガーは言う。
「彼はカネが欲しくて裁判をしたんじゃない。その証拠に支払われたものはすべて寄付しているんだ」。クラブを去った今も、関係者の尊敬を集めており、スタジアムの道具係の人たちは、オシム夫妻が日本にいる間、グラーツの自宅の周りを自発的にパトロールしているという。】

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 これを読んで、オシム監督というのは、本当に「欲が少ない」人だなあ、と僕は感じました。彼の能力と実績であれば、ヨーロッパのもっと大きなクラブの監督として君臨することも可能だったでしょうに。実際に、ジェフ市原の監督として来日する前にも、そういうオファーはたくさんあったらしいですから。そして、こういうオシムの「潔さ」というのは、いかにも日本人好みでもありますよね。もちろん、オシムは単に潔いだけではなくて、サッカーに関してはものすごく頑固な信念の人でもあるのですけど。
 グラーツとの裁判だって、得たお金を全額寄付するつもりだったのであれば、わざわざ面倒な裁判などやる必要はなかったようにも思えるのですが、それをあえて正さずにはいられない不器用なところもまた、オシム監督の一面なのです。

 しかし、これを読んでいて僕が考えさせられたのは、「オシムは、なぜそんなケチ臭い会長のクラブではなくて、イタリアのセリエAやイングランドのプレミアリーグのビッグクラブで指揮をとらなかったのだろうか?」ということです。彼自身の故郷・ボスニアからあまり離れたくないというこだわりもあったのかもしれませんが、潤沢な資金で次々に補強ができるクラブなら、「調子の波」もそれほど大きくない「常勝チーム」を作ることも可能だったのかもしれないのに。まあ、そういう「ビッグクラブ」ではないチームを自ら育てて強いチームにしていくことこそが、この智将の「こだわり」であり「悦び」なのでしょうし、その集大成が、今回の日本代表監督就任なのかもしれません。

 それにしても、このオシムの「潔さ」というのは、彼自身の能力を考えると、ちょっと勿体無いような気もします。もし彼がもっと野心家であったなら、より巨額の給料やワールドカップで優勝を狙えるようなチームの監督の座だって、けっして不可能ではなかったはずだから。
 それでも、辞めたクラブの関係者が、ずっと不在の自宅を(もちろん、何の見返りもなしに!)パトロールしてくれるというオシム監督の生き様は、本当に魅力的なものですし、この世界的な智将と日本との出会いが幸多からんことを願ってやまないのです。