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2006年07月07日(金)
南極観測隊の「電子レンジ戦争」

「面白南極料理人〜笑う食卓」(西村淳著・新潮文庫)より。

(南極観測隊に「料理人」として参加された、西村淳さんの本の一部です。「雪上車レンジ搭載事件」の顛末)

【内陸旅行に向かう旅行隊の食料を配布していて、あまりの量の多さに例によって飽きてしまい、
「あーめんどくせえ。こんなにあるなら全部プラスティっクパックにしてやるから、電子レンジでチンしたらすぐ喰えるんじゃないの?」
 この一言でその場に居た人たちを凍り付かせてしまった。
 世界に名だたる? かどうか知らないが、あの南極観測隊が氷原を進む雪上車の中で、チンした食料を食べるなんて……「この無礼者! 何と大それた事を抜かす。手打ちだー」と包丁片手にかかってきた隊員はいないが、確かにそんな雰囲気だった。
「面白そう、やろうやろう! 前例をつくってしまえばいいんだよ」
 ニコニコ笑いながら賛成してくれたのは、旅行隊で炊事担当の大堀隊員ただ一人。
 沈黙の中を夏季宿舎「レイク・サイド・ホテル」まで行って、現在の基準からすると、とてつもなく重い電子レンジを雪上車に備え付けた。
 大堀隊員は東京工業大学から参加したエンジニアで、同年齢ということもあり、何かとつるんで色々なことをやっていたが、この電子レンジを雪上車に備え付けることが、いかに大事件だったかなんてその時点では知るよしもなかった。が、彼らが「みずほ基地」に向かった夜、BARで某隊員からネチネチとお小言をたまわった。
「南極観測隊はといでいない米を炊き、その若干粉っぽい糠臭さを極上の香りと感じ、毎回灯油コンロで不便な思いをしながらでも三食作り上げることに意義があるのであって、そんな中から連帯とチームワークがナンチャラカンチャラ」
 要は営々と築いてきた形態を変えてはいけないのだよ、と言っていることはわかったが、趣旨はさっぱり理解できなかった。
「なーんもだって! 飯作ってる時間があったら、短時間でパパッと作って、その空いた時間で酒飲んでいたほうがはるかに有意義だって」系の言葉で、その場はしめくくったと思うが結果は……、
「電子レンジがあるおかげで、毎日が快適でーす」
 こんな旅行隊からの無線で締めくくられた。
 輻射熱ではなく、摩擦熱で食品を温める「電子レンジ」は高地でもすみやかに温かい食事を提供したようで、例のぶちぶち文句たれ隊員の追及もその後は無かった。
 ただ帰国した時成田空港で、極地研のお偉いさんから、「旅行隊に電子レンジ持たせたんだって……フーン」と、すがめで言われた時には、何かとんでもないことをしでかしたかと、すみやかに本業の国家公務員に意識を戻していた身には、一瞬ドキリが走った。
 ただこの調理法は全般的に好評だったようで、8年たって再び南極観測隊に参加した時、雪上車に電子レンジが備え付けられていると聞き、ニヤリとしたが、それをまだ邪道だと思っている御仁がいたとは……正直心の中で口をあんぐりと開けてしまった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 ほんと、「飯作ってる時間があったら、短時間でパパッと作って、その空いた時間で酒飲んでいたほうがはるかに有意義」だと僕も思います。いや、酒を飲むかどうかはさておき、別に食事を作るトレーニングをするために内陸旅行に出るわけではないのですから、そんな美味しくなさそうなごはんを作ることに時間をロスするよりは、電子レンジを使って、余った時間は仕事なり休養なりにあてたようがいいに決まっているはずなのに。

 でも、ここに出てくる「ブチブチ文句たれ隊員」とか「極地研のお偉いさん」みたいな人って、世の中には決して少なくないのです。しかも、こういう人にかぎって、偉くなってしまって発言力を持っていて、自分の「成功体験」を無理矢理後輩に押し付けがち。

 どう考えても非効率的だったり、効果が期待できないやり方にもかかわらず、自分がそれをやって(しかも、そのおかげで辛い目にあって)きたからという理由で、そのキツくてめんどくさい習慣を「それがうちの伝統だから」と決めて、後に続く人に無条件でそのままやらせようとする人って、たぶん、どこにでもいるのです。いやもちろん、「伝統」がすべて非合理的で無意味なものだとは僕も考えていませんが、こういうのって、「このシゴキがうちの部の伝統」なんて勘違いしている高校生みたいなものですよね。痛い目にあわせれば技術が向上するのなら、SMクラブにはサッカー日本代表が続々と押しかけていくはずですが、実際にはそんなことはありません。

 しかしながら、彼らは、「自分もそれをやってきた」という呪縛から逃れられずに、それを「美化」してしまうのです。そして、「自分はこんなキツイことをやってきた」ということを他人に誇るようになっていきます。
 そんなふうに言っている本人だって、現場にいたときには「糠臭いごはん」に、不満だらけだったにもかかわらず。
 まあ、こういうのって、「電子レンジが使える次世代」へのヤッカミ半分なんでしょうし、こんなことを書いている僕だって、「携帯電話でのコミュニケーションなんて、真のコミュニケーションなのか?」とか、つい考えてしまいがちなのですけれども。