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2006年03月11日(土)
日本では幸福になりづらいのだ。

『プロ論。2』(B-ing編集部[編]・徳間書店)より。

(水木しげるさんの「プロの哲学」をテーマにしたインタビューの一部です)

【水木サン(水木しげるさんは、自身をこう呼ばれるのだそうです)は、ヒットさせようと思って描いたことはないですね。それよりも自分が面白くて、描きたくてしょうがなかった。好きなことですから、時間も忘れて描いてしまう。だから、あっという間に数十年がたっちゃって(笑)、気づいたら60代。考えてみると幸せな人生です。でも、幸せだったと気づいたのは、80歳を過ぎた最近なんですけどね(笑)。
 とんでもない忙しさでしたが、海外旅行にはよく行ってました。やっぱり南がいい。南は豊かで楽しい暮らしをしている。だから、そこに住んでいる人は妖怪を感じる「妖怪感度」が高い。パプアニューギニアのセピック川沿岸なんて最高です。文明社会に暮らす人は、あんな何もない場所で、なんて思いますが、モノはなくても精神的に豊かなんです。なんたって働かない(笑)。それでも食べていける。
 それこそ、彼らが日本に来たりしたら、地獄だと叫びますよ。文明社会で暮らそう、学校に行こうという人も現れない。僕は幸福観察学会なんてやっていますが、幸福学なんて彼らには必要ないんです。文明社会こそ、モノがないと落ち着かなくて、幸福学みたいなものを追い求めるんです。
 でも、日本で暮らしているんだから、これはしょうがない。だとすれば、素直に受け入れる必要がある。日本では幸福になりづらいのだ、と。カネがないと厳しい世の中なのだと認識することです。となれば、頑張って働くしかない。怠けてカネをもうけた話は、いまだかつて聞いたことがありませんからね。
 好きなことをやるのは当たり前。だって、その方が頑張れるもの。でも、それだけじゃダメ。頭を使って、知恵を振り絞らないと。成功するんだという強い意志を持って努力しないと。
 特に若い人に言っておきたいのは、苦しむことから逃げちゃイカンということです。若いときにラクしようとしたらイカン。ちょっとでも苦しい方向に行かないと。いいですか、人生はずっと苦しいんです。苦しさを知っておくと、苦しみ慣れする。これは強いですよ。
 ラクはいつでもできます。でも、ラクばかりしていると、もっと苦しいことが待っていたりする。水木サンの若いころは軍隊でした。軍隊は、つらいなんてもんじゃなかった。しかも、死と隣り合わせです。それを考えれば、今の若い人は幸せです。努力次第で何でもできるからです。】

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 水木しげるさんは、1922年生まれですから、現在は80代半ばになられます。この日本という国に生まれて「どうして自分は幸せになれないんだろう?欲しいものが何でも手に入るところにあるはずなのに」と悩んでいる僕にとっては、ここで水木さんが仰っている【日本では幸福になりづらいのだ】という言葉には、そうなのかもしれないなあ、と素直に頷いてしまう部分と、「とはいえ、南の島で、とりあえず『遊んで暮らせる』ような生活というのが、本当に幸せなんだろうか?」と疑問を感じる部分が混在しているのです。
 でも、確かに「働かずに食べていける生活」というのは、ものすごく魅力的というか、人間の本能は、たぶん、それがいちばん「幸せ」なのだろうな、とは感じます。ネット上にたくさんある「簡単な仕事で遊んで暮らせる!」なんて誘い文句には、その内容のいかがわしさも手伝って「遊んで暮らして何が面白い?」なんて反発してしまうのですけど、逆に言えば、「努力して自分の才能を世界に証明しようとする」ことというのが「幸福への近道」であるというのは、「文明社会が決めたルール」でしかないのかもしれません。みんながそうやって努力すればこそ、文明社会というのは維持できるわけですし。
 そもそも、「モノがないと不幸」だと感じるのは、「モノがある生活」を知っているからなんですよね。縄文時代の人は「テレビや冷蔵庫がないから困る」なんて考えはしないわけで。
 もちろん、彼らには彼らなりに物質的な幸福」を求めていたのかもしれませんが。
 水木さんは、そんな「幸福になりづらい日本」に生きる人々に対して、「でも、しょうがないから頑張るしかないんだよ」と仰っています。考えてみれば矛盾しているような気もしますが、こういう切り替えの速さもまた「妖怪的」たるゆえんなのでしょうか。
 まあ、正直なところ「軍隊体験」を出されてしまうと、現代人としては、「それに比べたら今の自分は恵まれているよなあ」と考えざるをえないんですけどね。対抗して自衛隊に入るほどの気力も体力もないですし。