初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2006年02月01日(水)
「最初に文庫で出て、あとから単行本になる」

「この文庫がすごい!2005年度版」(宝島社)より。

(作家・姫野カオルコさんのインタビューの一部です。取材・文は、梅村千恵さん)

【姫野:私は、どうして本って最初に単行本になって、あとから文庫になるのかな、という疑問を常々持っているんですよ。筑摩書房のウェブ連載にも書いたことがある。「最初に文庫で出て、あとから単行本になる」というのが普通になったらいいのに、と。

インタビュアー:本というものが、すべて文庫本の形で出版されるほうがいいということですか?

姫野:すべての本というわけにはいかないでしょうが、小説や随筆などは、最初に装丁もシンプルな文庫本で、廉価で出版する。で、そういう文庫作品のなかから、とくに売れたものとか、根強い人気のものとか、読者カードによる単行本化要請度の高かったものとかを、コミックの愛蔵版のような立派な本にするほうがいいように思う。

インタビュアー:現在のスタンダードである、ハードカバーから文庫本へ、という流れを逆にするということですね?

姫野:そう。それで、ハードカバーになったら、解説はもちろん、それ以外の付加価値をたくさん付けるんです。たとえばその作品が発表された際のインタビュー記事や書評とか。ルックスがステキな作家のかたには、特別カラー著者写真などを掲載してもらってもいいでしょう。江國香織さんの着物写真とかが作品と一緒に掲載されていたら、ファンのかたはそれだけでもうれしいだろうし、京極夏彦さんの作品の愛蔵版みたいに、装丁とか書体を凝りに凝るのもいいですよね。そういう本なら、多少価格は高くてもファンの人は買うだろうし、インタビュー記事や書評付きなら資料的価値もあるからファンじゃない人も購買意欲が湧くと思うんですが……。

インタビュアー:まずは敷居を低くして、気軽に作品を手に取れるようにする、と。そして読書を楽しんで、その先は、本を買う喜び、保存する喜びが堪能できるようなものにするわけですね。

姫野:そうそう。最近の若い人は小説を読まないなんて言われているけど、それって、本というものを取り巻く仕組みがそうさせている部分も大きいんじゃないでしょうか。みんあTVドラマや映画は好きだし、インターネット上の書き込みなんかも楽しんで見ているでしょう? フィクションとして愉しんでいるんだから、”物語”を欲する志向は、それなりに脈々と続いていると思うんですよ。ところが本を読むということになると、何か堅苦しいイメージが立ちはだかってるような気がする。コミックも買うしゲームも買う、それと同じように文庫も買うという流れになれば、読者の気分も、なんていうか今より自由になるんじゃないでしょうか。自分のカンで選んで読んで、各人の好みで楽しんでいけばいいのではないかと……。】

〜〜〜〜〜〜〜〜

 この本には、姫野さんの他にも、伊坂幸太郎さんのインタビューや、書店で働いている人たちの話が紹介されているのですが、僕が思っている以上に、みんな「文庫」という書籍の形態に愛着を持っているのだなあ、ということを思い知らされました。
 作家や書店の立場からすれば、「ハードカバー至上主義」であり、「文庫は安いし儲からないから、新刊書のオマケみたいなものだ」とか「みんな文庫ばっかり買わずに、もっと新刊書を買ってくれ!」というのが本音だと予想していたのですが、「本が好きな人々」にとっては、「とにかく、いろんな人に、もっとたくさん本を読んでもらいたい!」というのが一番の願いのようなのです。確かに、中学生や高校生の頃から1000円以上もする新刊書を好きなだけ買えるような人生を送ってきた人なんていないだろうし、人気作家だって、書店員だって、本を好きになった時代に「自分で買える本」は、「文庫本」だったのですよね。
 「文庫書き下ろし」の本もあるにせよ、現在の主流は、新刊書→何年か経ってから文庫化、というものです。いくら新しい本を読みたい、と思っていたとしても、新刊書の価格というのは、けっして「安い」ものではありませんし、「この金額だったら、文庫なら、2〜3冊は買える」と思えば、よほど「今、読みたい本」でなければ、手が出にくいのは事実です。僕も学生の頃は、「文庫になるまで待った」本がたくさんありますし。まあ、残念ながら、待っているうちに忘れてしまったり、どうでもよくなったりもしがちなのですけれども。

 ここで姫野さんが仰っている「最初に文庫で」という発想って、あらためて言われてみれば、確かに、今の「本が売れない時代」に対する、ひとつの打開策であるような気がするのです。だって、買う側にとっても、安い文庫であれば経済的にも助かりますし、新しい作家の作品にも、気軽に手を出しやすくなると思うのです。新刊書で「話題作しか売れない」理由としては、価格が高いので買う側も「冒険」しにくい、ということもあると思うのですよね。書店で見つけて、ちょっと「面白そうかな」と思った作品が、500円ならその場で手を出せても、1300円なら、ハズレたらきついしなあ…とか、考えてしまいますよね。そして、結果的には、「一部の指名買いしてもらえる有名作家以外の本は新刊書では売れず、売れないから文庫にもならない」という悪循環に陥ってしまうのです。
 まず文庫でたくさんの人に読んでもらって、コアなファンのためにハードカバーを出す、という発想って、まさに今、マンガが行っている売り方と同じなのです。そして、「新しいものが安く読める」というのは、とくに若者たちにとっては、ものすごく希求力がありそうです。
 もし、その作品がものすごく気に入れば、「ハードカバー」を手元に置いておけばいいわけだしね。

 まあ、江國香織さんの「着物写真」っていうのは、「特典」としては、本当にコアなファンにしか意味がないんじゃなかろうか、とか、「ハリー・ポッター」を出版しているところは大反対だろうな、とは思うのですが。
 もしかしたら、出版社は、ごく一部の大ベストセラーで「ひと山当てた快感」が忘れられずに、現在のシステムをずっと続けているのだろうか……