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2005年10月19日(水)
こんなの、漫画界じゃ日常茶飯事なんだよ。

日刊スポーツの記事より。

【講談社が刊行した末次由紀さんの少女漫画「エデンの花」の中に、人気バスケットボール漫画「スラムダンク」(集英社)から試合などの場面の構図を盗用した部分があることが分かった。このため講談社は18日、「エデンの花」全12巻と末次さんの全作品を絶版とすることを決め、回収を始めた。現在、同社の「別冊フレンド」に連載している漫画「Silver」は中止する。
 読者からの指摘で講談社が調査、末次さんから事情を聴いたところ、盗用を認めたという。
 同社はホームページに末次さんのコメントとして「本当に申し訳ありません。自分のモラルの低さと認識の甘さにより、多大なるご迷惑をおかけしてしまった」とする文章を掲載。同社広報室も「詳細は調査中だが、多くは事実が確認された。編集部として気付かなかったことを深く反省する」とおわびしている。】

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以下は、「業界の濃い人」(いしかわじゅん著・角川文庫)より。

(夢枕獏さんの項の一部です。)

【獏さんは、漫画も好きだ。それも、やはり、半端ではない。
 ある晩、ぼくが仕事をしていると、獏さんから電話がきた。
 獏さんは、凄いものを見つけた、というのだ。電話口の向こうから、興奮が伝わってくるようだった。
『あしたのジョー』を盗作している漫画があったんだ、と獏さんは早口でいうのだ。ああそう、と僕が軽く応えると、獏さんはますます興奮するのだ。
『今から現物をFAXで送るからさあ、とにかくちょっと見てよ」
 そういったかと思ったら、もうFAXはぶりぶりと送られてきた。獏さんは、よほど怒っていたのだ。
 FAXから吐き出されたものを取り上げてみると、それは、中堅出版社から出ている二番手漫画誌に掲載されたものだった。あまり売れてはいない中堅漫画家のIの描いた、つまらないボクシング漫画だった。その多くのコマに、確かに『あしたのジョー』から盗ったと思われる絵があった。
 僕も漫画はかなり読みこんでいるし、『あしたのジョー』は好きなほうだが、そうひとつひとつのコマを記憶しているわけではない。では、どうしてそのIが描いた漫画がジョーを盗んだものだとわかったかというと、獏さんが送ってきたIの絵すべてに、真似したジョーの絵が並べてあったのだ。獏さんは、Iの盗んだ元構図や元絵を、ジョーの単行本を一生懸命繰って、発見したのだ。これはどこかで見たことがある、と確信して、本棚をひっくり返し、当該箇所をすべて見つけ、盗作した絵と並べて送ってきたのだ。
 真夜中に、仕事もしないで、凄い情熱である。
 Iの絵とジョーを比べてみると、トリミングしたり構図をちょっと変えたりしてはいたが、獏さんの目は誤魔化せない。確かにどう見ても、盗作なのである。言い訳のできない盗用なのである。
 ぼくは、獏さんに電話をかけた。
 いいかい獏さん。せっかくの情熱に水を差すようだが、こんなの、漫画界じゃ日常茶飯事なんだよ。俺だって、ずいぶんやられた。友人の漫画家にも、自分の絵を丸写しされたやつが何人もいる。小説は真似しにくいけど、絵とか構図って、真似するのは簡単なんだ。】

参考リンク:漫画家・末次由紀氏 盗用(盗作)検証

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 巷で話題の漫画家・末次由紀さんの盗作騒動なのですが、参考リンクの「検証サイト」を見ると、確かにこれは言い逃れのしようもないうだろうなあ、とう気もします。最初にこの話を聞いたときには、「よりにもよって、今もっとも人気がある漫画家のひとりである、井上雄彦さんの作品をパクるなんて、いくらなんでもそりゃ誰か気づくだろ」と思ったのですが、どうも、「盗作・盗用」は今回だけじゃないみたいですし。
 しかし、「どこまでが盗用なのか?」というのは、なかなか難しい問題ではあると思うのです。実際のところ、週刊誌の連載を抱えているような漫画家というのは、自分が書きたい絵を全部自分の頭の中で創りあげて書いているとは限らないでしょうし、「取材」をして作品の参考にしている人も多いはずです。みんな、必ずしも自分が知っている、頭の中だけで具現化できる世界ばかり描いているわけではないのだから。
 ただ、編集者やアシスタントに「こういう絵が描きたいだけど」と言えば、それなりのデータが準備してもらえる人気漫画家ばかりではないのが現実でしょうし(それでも、自分で取材しないと気が済まないタイプの人も少なくないようですが)、こういう事例というのは、実際はけっして少なくないと思われます。そりゃあ、普通はもっと「元の作品の痕跡を消している」ものでしょうけど。
 いしかわじゅんさんは、【こんなの、漫画界じゃ日常茶飯事なんだよ。俺だって、ずいぶんやられた。友人の漫画家にも、自分の絵を丸写しされたやつが何人もいる。小説は真似しにくいけど、絵とか構図って、真似するのは簡単なんだ。】と夢枕獏さんに言っています。このいしかわさんの発言が、たぶん「漫画界の悲しい現実」なのでしょう。そして、今回の事件であらためて思ったのですが、漫画にとって大事なのは「キャラクター」とか「ストーリー」だと考えられがりだけれど、実際は「構図」というのが、その絵、その作品にとって非常に大きな役割を担っているのだな、ということでした。手塚治虫さんの功績として、漫画における「映画的手法」の導入、というのが語られることが多いのですが、それはまさに「構図」の革命だったわけで。
 まあ、そんなことを言いはじめるのなら、日本の漫画家は、みんな「手塚治虫チルドレン」なのではないか、ということになってしまうのかもしれませんが。
 たぶん、今回の事件で、「次は自分が告発されたらどうしよう…」と戦々恐々としている漫画家は、けっして少なくないと思われます。ただ、そういうのは、漫画界の「慣例」みたいなものとして、お互いに目をつぶっていただけのことだったのかもしれません。ある意味「ネットが寝た子を起こしてしまった」わけです。
 「盗まれた側」としては、今まで、本当に歯がゆい思いをしていたのでしょうけど……
 僕は末次由紀さんという漫画家のことはよく知らないのですが、今回の「業界から抹殺」というような処分については、正直、ちょっと厳しすぎるかな…という印象も持っているのです。いや、最近の企業というのは、なんでも「厳罰主義」「徹底主義」化してきて、例えば、「ジュースの成分表示が違っていたから」という理由で全部回収して廃棄、みたいなのって、果たして、そこまでやるべきなのだろうか?と思わなくもないのです。企業イメージを守るためとはいえ、なんか勿体ないんじゃないか、と。
 今回の件で、末次さんが「クリエイターとしての反省」を求められるのは仕方がないとしても、「見せしめ」的な印象は否定できません。所詮、切ってもまた生えてくる程度の尻尾だったから、切ってしまったのではないでしょうか。
 「漫画界では日常茶飯事」なんてことをわかっているのは、いしかわさんだけのはずもないのだからさ。