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2005年08月16日(火)
マクドナルドのセコセコ伝説!

「はじめてだったころ」(たかぎなおこ著・廣済堂)より。

(いろいろな「個人的な『はじめて体験』が集められた本の一部です。マクドナルドがはじめてだったころの話)

【そんなある日のこと…

なんて水泳教室の入り口で、ポテトのタダ券が配られていたのだ。

そして同じ水泳教室の子達と一緒にポテトをもらいに行くことになったのだった。

やがて水泳教室も終わり、いつものハラペコおなかを抱えていざマクドナルドへ。

店内はいつも外からかいでいたあのたまらないいいにおいが充満していた。

店員「いらっしゃいませ〜」

一緒に行った年上のお姉さん「あの…この券でポテトください。」

店員「ポテトとご一緒にハンバーガーやお飲み物はいかがですか?」

お姉さん「あ……いえ ポテトだけで……」

「タダ券だかで他は何も買わんやなんて、もしかしたらせこかったんやろか……?」
……と、子ども心に思う】

〜〜〜〜〜〜〜

 たかぎさんは1974年生まれだそうなので、僕より少し年下です。たぶん、この「お姉さん」あたりが、僕と同世代なのではないかなあ。
 今のマクドナルドは「低価格戦略」にシフトしているみたいなのですが、僕が子どものころのマクドナルドは、学校や塾の前などで、この「サービス券」を配りまくっていたような記憶があります。まだまだ「ハンバーガー」という食べ物自体が田舎では珍しかった時代のことですから、この「タダ券」は、僕たちの食欲と好奇心を大きく揺り動かしたのです。「ポテト」なんて、今となっては珍しくもなんともなかったのだけれど、当時はハンバーグステーキの付け合せかマクドナルドに行かないと食べられない、「魅惑の食べ物」だったのですよね。
 でも、その反面、この「タダ券」を使うのは、ものすごく勇気が要ることでした。子どもっていうのは、妙なところに自意識過剰だから、タダ券だけ出すなんて「貧乏だと思われるかもしれない…」とかいうような危惧をしてしまうし、「お店の人に悪いんじゃないか…」なんてことも考えてしまうんですよね。そんなの、子どもは貧乏で当たり前だし、店だってそれも商売なんだからとオトナ的には思わなくもないですが(まあ、今の僕の年になって、タダ券のみでマクドナルドに潜入するのは、なかなかハードではありますけど)。
 この「タダ券」のみならず、昔のマクドナルドというのは、いろんなイベントをやっていて、その中でも僕たちの心を熱くしたのは、「銀はがしクイズ」でした。これは、マクドナルドで何か商品を買うともらえる、答えが4択で銀はがしになっているクイズに2問とも正解すると、最低でもコーラS以上の商品がもらえる、というもので、クイズ好きな中学生だったこともあり、僕たちはみんなで一人一人マクドナルドのカウンターに並んで「コーラのS」と注文し、ひとり一枚ずつ、そのクイズのカードをせしめたものでした。店員さんからすれば、「まとめて買えよお前ら…」という感じだったのでしょうが、それだと全員で一枚ずつになってしまうので。
 そして、家に帰って、今まで開いたこともなかったような百科事典をひっくり返して、なんとか「正解」にたどり着こうとしたものです。今のようなインターネット時代では、あの企画は難しかったと思うのですが。ちなみに僕の知り合いには、商品欲しさが高じて、一度削ってしまった銀の部分をハンダ付けしてごまかそうとした剛の者まで出現しました。さすがにその計画は、「銀の色が違いすぎる」ということで挫折したのですが。
 他にも、「ハンバーガー100円」の時代に「ハンバーガー30個!」と高らかに宣言し、店員さんの「ポテトやドリンクは…」との定型句を「要りません!」と一蹴した人とか、マクドナルドの種々の「サービス」に関しては、僕の周りにもいろいろな「伝説」があるのです。ほんと、マクドナルドという店は、お客さんがみんな「ハンバーガー以外は高くつくから、絶対に買わない!」というクールな人ばかりだったら、経営が成り立たないのではないのかなあ。そう考えると、僕のような「小心者で見栄っ張りの客」が、マクドナルドを支えてきたのかもしれません。
 それにしても、ハンバーガーって、いつの間にか「普通の食べ物」になってしまったんですよね。はじめてピクルスを食べて、そのなんともいえない酸っぱいような食感に驚いたのは、ついこの前だったような気がするのになあ。