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2005年07月12日(火)
破壊王・橋本真也の「殉職」

日刊スポーツの記事より。

【急逝した橋本さんの現役時代に何度もテレビの実況をした古舘伊知郎キャスター(50)は、11日夜、テレビ朝日「報道ステーション」の生中継で「本当にいい選手でした」と早すぎる死を悼んだ。

 番組では、自らが実況した蝶野とのヤングライオン杯決勝や小川戦など橋本さんの過去の対戦映像を放送した。

 映像後に、古舘キャスターは「(現在のプロレスは)受け身を取りずらい技を連発するようになった。それに歓声を上げるファン。リング上は、それに応えるようにヒートアップする。彼は殉職だと思います」と厳しい表情で話した。】

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 医学的には、橋本さんの直接の死因は「脳幹出血」であり、プロレスとの直接の因果関係は証明できない、ということなので、むしろ「日頃から食事療法とか血圧のコントロールとかをキチンとやっておけばよかった」という話であり、この古館キャスターのコメントは、「事実と異なる思い込み」だと言えなくはないのですが…

 それにしても、最近の「格闘技」というものに対して、僕が子供のころにプロレスの実況で一世を風靡した古館さんが、こんなふうに考えていたというのは、非常に考えさせられる話ではあると思うのです。
 橋本さんのライバルであり、盟友でもあった小川直也さんはこんなことを以前、話していました。確かに、「格闘技」を生業とする人々は、「闘うこと」そのものが嫌いではやってられないでしょうし、自分を強くみせたいという気持ちはあるのでしょうけど、その一方で、「凄惨な殺し合い」を望んでいる人ばかりではないはず。僕だって、ヒョードルとかシウバとかを観ていると、彼らには、どんなに相手が傷ついていても手を抜かない「強さ」とか「隙のなさ」があるように思えるのですが、彼らだって、「死にたい」とか「殺したい」と常日頃から考えてはいないはずです。そりゃあ、試合のなかでは、そのくらいの気持ちになる瞬間だってあるのかもしれませんが。
 先日のPRIDEで、桜庭選手が顔全体を腫らして敗れたのを観ながら、僕はちょっと、ああいう総合格闘技というものの残酷性について考えました。視聴率が20%としたら、日本中で2000万人以上の人が、ああいうシーンを「これは格闘技なんだから」と受け入れているというのは、けっこう凄いことのような気がします。正直「こりゃあ、残酷で観ちゃいられない…」と僕は思ったし、このままいったら、桜庭は再起不能になるんじゃないかと心配になりました。
 でも、そんな「命にかかわるかもしれない闘い」というのが、「所詮シナリオ通りのプロレス」と総合格闘技を差別化するものであり、その「危うさ」に魅かれるのも、事実ではあるんですよね。
 そもそも、プロレスでも、最近は後頭部を強く打ちつけたり、関節を本来曲がらない方向に捻ったりするような「大技」が氾濫しているのです。少なくとも力道山の「空手チョップ」に比べたら、はるかに危険な技が増えてきているし、リング上で命を落としたレスラーや頚椎損傷で車椅子生活を送っているレスラーも出ています。シナリオの有無はさておき、体を張って「技」を魅せるということには危険が伴うし、ましてや、プロレスは、レスラーひとりあたり、年間150試合程度をこなさなければなりませんから、「リアルファイトじゃないから安全」とも限らないのです。

 橋本選手が活躍していた時期というのは、僕がいちばんプロレスに夢中になっていた、タイガーマスク〜長州力の維新軍の期間と、最近の格闘技ブームのちょうど中間に位置する時期で、プロレスをほとんど観ていない時代でした。それでも、「負けたら引退スペシャル!」とか銘打った「橋本vs小川」で、「どうせ橋本が勝つんだろ?」と思っていたら、小川がSTO(これも危ない技だよね)を6回も橋本に浴びせて倒した試合は、ものすごく印象に残っています。小川直也は、今回の橋本の死に関して、もしかしたら、「オレの責任もあるのかも…」とか、ちらっとは考えたかもしれません。

 ただ、40歳という若さで亡くなられてしまったのは残念ではありますが、ああやって、健康管理を犠牲にし、命を削ってでもプロレスラーとして多くの人の歓声を浴びることを選んだのが間違いかどうかなんて、他人に決められることではないのでしょう。「そんなのを喜ぶファンにも問題がある」かもしれないけれど、僕だって、「あんな危ない技を!」と思いながらも、もう、力道山時代の「旧き善き時代のプロレス」には、戻れない気がするし。
 
 「闘魂三銃士」として、長年ともに闘い、比較されてきた盟友の蝶野選手は、こんなことを言っています【「まっすぐな妥協しない人間。プロレスラーらしいプロレスラーだった」と、橋本さんを惜しんだ蝶野。「本人がエンジョイした人生ならそれでいいと思う。前から本人が『太く短く生きたい』って言ってたしね」(デイリースポーツ)】。
 40歳という若さで死んでしまったからといって「不幸な人生」というわけではないはずだし、「エンジョイしていた」のだと思いたい。
 でも、医者として、プロレスファンとしては、血圧を下げる治療をちゃんとしていたら、こんなことにはならずにすんだかもしれないのに…という、悲しい気持ちもあるのです。
 いつか、小川にあのSTOのお返しをするっていう、「筋書き」じゃ、なかったのかよ……
 80歳くらいになって、小さな訃報をみた人たちに「そういえば昔、橋本ってプロレスラー、いたなあ」なんて言われるような生き様が、「幸せ」なのかどうかは、正直、僕にもよくわからないのですが……