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2005年01月01日(土)
失われるべきもの、その名はWEB日記

読売新聞の記事「思い出 デジタル時代の保存術」より。

【埼玉県の主婦高野恵子さん(38)は、文庫本より少し大きい青い表紙の本五冊を、押し入れにしまっている。タイトルは「ミキとマコ かあちゃん奮闘記」。インターネット上の日記サイト「きゅるる」に公開している育児日記をまとめたものだ。紙の日記や家計簿は「三日坊主」だが、ネットに公開する日記は、読んだ人の感想が励みになって続けられた。ただ、もしこの日記サイトそのものが閉鎖されたらー。「自分のパソコンに保存してはいましたが、何となく心配で」。そんな時、サイト上の日記を紙の本にしてくれる「きゅるる文庫」サービスが始まった。料金は一冊(三か月分)につき3000円。「活字になって手元に来ると安心感がある。やっぱりペーパー世代なのでしょうか」
 こうしたサービスを始める日記サイトが相次いでいる。「Cal.Log(カルログ)」は、携帯メールでつづった日記が一年分たまると製本できる。8万人が利用する「はてなダイアリー」でも、今年一月から約百冊の注文があった。「はてな」(東京)社長の近藤淳也さん(29)は、「利用者間の交流がある日記サイトの長所は続けやすさ。紙の本には、見やすさや安心感がある。デジタルとアナログ両方のよさを併せ持つサービスです」と話す。】

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 こうやって、パソコンに日記や雑感などを書いていけば、ずっと残っていくはず…
 少なくとも、「紙の無い時代」よりは、そうやって「残っていく時間や確率」というのがアップしたのは間違いありません。でも、いろんな「要らなくなったもの」を整理するたびに思うのは、「記録というのは、失われていくものだ」ということです。
 例えば、8ミリで録られた記録フィルムを観られる環境というのは現在では非常に少ないでしょうし、絶対に録画・録音しなくては!と思いながら記録したはずのカセットテープやビデオテープも、いつのまにか押入れの奥にしまわれっぱなしになったり、CDやMDが主流になったり、DVDに記録メディアが移行していくにつれ、「失われていくもの」というのは少なくないはずです。もちろん、ものすごく大事なものに関しては、記録メディアを移行しつつ受け継がれていくのでしょうが、ビデオテープをDVDに記録しなおすというのも、実際にやってみるとけっこうめんどうな作業ですしね。
 そういうものの積み重ねで、大事なはずの「記録」というのは、どんどん失われていくのです。
 紛失の心配がなく、いつでも見られるはずのネット上の文章も、ここに書いてあるように、サービス側のトラブルで消えてしまう可能性はあります。手元にバックアップしておけば問題ないわけですが、そのバックアップというのもやってみるとめんどくさいし、そもそも、ネット上に文章を置いていたって、常に誰かが目を向けてくれるとは限りません。よほど話題性と普遍性のあるもの以外は、学校の机のあちこちに刻まれた落書きと同じくらい後世に受け継がれていけば、まあ立派なものでしょう。
 そして、この「インターネット」という媒体そのものが、いつまでもこのまま続いていくとは限りません。もっと効率のいいコミュニケーション方法が出てくる可能性もありますし、逆に、こんなものはリスクが高いということで、禁止されてしまう可能性もあります。だから、いくらこの広い広いネットの海に小瓶を流してみたところで、誰にも拾われず、海そのものが干からびてしまうことだってありえるのです。
 そういう意味では、「本にして遺す」という選択をした人たちの気持ちは、僕にはよくわかります。僕もまた、「何か自分が生きてきた証拠を遺したい」と考える人間のひとりであり、そのためには「方法は多いほうがいい」わけですから。
 もっとも、こうして本にして遺したところで、僕の子孫ですら、そんなものの内容に興味を抱いてくれるかは、怪しいものだということもわかるんですけどね。

 「遺される」側の人間の時間が有限であり、それは今の人間とそんなに変わらないものである以上、どんなに記録を遺すために努力してみたところで、その大部分は失われてしまう運命にあるのです。
 でも、こうやって、その「失われるべきもの」を書き続けている理由というのも、きっとどこかにあるのでしょう。

 この「何かを遺したい」という欲求が、「偉業」をなしとげなくても、あまりに簡単にかなえられるような気がする時代というのは、人類の発展のためには、ものすごくマイナスなのかもしれませんが。


 なにはともあれ、本年も「活字中毒R。」をよろしくお願いいたします。