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2004年08月15日(日)
「オリンピックに出る」という生き方

「シドニー!(1)コアラ純情篇」(「村上春樹著・文春文庫)より。

(シドニーオリンピックの男子マラソンに出場した、犬伏孝行選手へのインタビュー記事より。)

【高校に進んで陸上競技を志したときから、犬伏はすでにオリンピックに出場することを人生の目標に据えていた。オリンピック・ゲーム、それが彼の野心の軸になった。そのためにも彼はサッカーをやめて、陸上競技をとった。その方が早く目標に到達できそうだったからだ。
「種目はべつになんでもよかったんです。でもとにかくオリンピックに出ようとは思っていました」、二人で並んでジョグしながら、彼は僕にそう言った。とにかくオリンピックに出ようとは思っていました。
「それは、フルマラソンじゃなくても?」
「何でもよかったんです」と彼は言った。ごく当然のことのように。】

〜〜〜〜〜〜〜

「オリンピック」の魔力。
「政治とスポーツとは無縁だ」という唱えながら、限りなく政治的で、無名の選手が一夜にして英雄となる一方で、それまでに積み上げた数々の栄光を「でも、オリンピックで金メダルを獲れなかった」というひとつの挫折で無にしてしまう、4年に1度のスポーツの祭典。
 僕は、昔から自分の運動能力に全く自信の無い人間でしたから、オリンピックに自分が出場するなんて、現実問題として意識したことはありませんでした。もちろん、そういう「妄想」を抱いたことも皆無だ、とまでは言いませんが。
 しかしながら、その一方で、「オリンピックに出場する人々」に対して、必ずしも好意的ならざる想い(それは、「嫉妬」でもあったのでしょう)も持っていました。
 「野球やサッカーみたいな、『プロとして稼げる』競技ならともかく、射撃とか馬術のような(柔道くらいまであてはまるかもしれません)、『4年に1度しかチャンスのないオリンピックでメダルでも獲らない限り、世間から気に留められることもなく、しかもその『注目』もごく一瞬の光芒でしかないようなスポーツに一生を捧げるなんて愚かなことだ。しかも、その人生のピークは早ければ20歳くらい、晩成の選手でも30代。まだまだ、そのあとで何十年も生きていかなければならないのに」
 もちろん、テレビ画面の向こうの選手たちに対する応援の気持ちはあったのですが、その一方で、そういう「苦労の割には報われることの少ない(と思えた)、オリンピック人生」への懐疑も強かったのです。

 でも、自分が「ただの人」として30代を迎えてみると、「オリンピックに賭けた人生」というのは、なんだかとても美しく、意義深いものに感じてしまうのです。それが人気競技ではなく、「4年に1度の光芒」でしかないとしても。
 アテネオリンピックに出場する選手は、312人(男子141人、女子171人)と海外でのオリンピックでは過去最多なのだそうです。
 それでも、日本国民全員の中で約40万分の1で、この割合には、明らかに「オリンピック参加対象年齢」から外れる小さい子供や高齢者を含むとしても、「選ばれた人々」しか、その舞台には立てません。

 大部分の人間は、舞台に上がることもなく、一瞬のスポットライトにも縁遠い人生を送っています。それは良いとか悪いとかいうことではなくて、単なる現実で、多くの人はそのかわりに「大きな挫折も失敗もない、安定した生活」を得ています。
 しかしながら、「一瞬だけでも、スポットライトがあたる人生」が、4年間のうちのこの時期だけは、とくに羨ましく感じられるのも事実。

 たぶん、自分がこの年になって、彼らが「失ってきたもの」「捨ててきたもの」の大きさ、重さを実感できるようになったからこそ、今の僕には、選手たちの「一瞬の光芒」が、より眩しく思えるのでしょうね。