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2003年10月21日(火)
ダメなカウンセラーの条件

「隣のサイコさん」(別冊宝島編集部編・宝島社文庫)より。

【ダメなカウンセラーの条件

 (1)最初は「友達なんていなくていいじゃない」と言いながら、時間の経過とともに「そろそろ友達を作ったら?」と言い出す。

 (2)話そうとしていることを考えている最中に「それってこういうことでしょ」と決めてかかる。

 (3)自分の体験をふまえた具体例を出してわかりやすく説明する代わりに、別の患者の例をあげて「もっとヒドイ人がいるよ」と言い出す。】

〜〜〜〜〜〜〜

 これは、フリーライターの今一生さんが、3人の自殺未遂者との付き合いのルポを書かれていた文章の一節です。その3人のうちの1人が、自分が今まで受けてきたカウンセリングがいかに無意味なものかを嘆いて言ったのが、上記の言葉。

 僕は、カウンセリングを生業とする人間ではありませんが、医者にとって(とくに臨床医にとって)は、人と接する、会話をする、ということは、避けることのできない仕事の一部です。
 そういうふうに考えると、大なり小なり「カウンセリングの手法」というのは役に立つものでしょう。
 最近は「ドクハラ」こと「ドクター・ハラスメント」なんていうのが話題になっていますし。

 上記の3つの条件は、みんな、なるほど、と思うことばかりです。
 そして、その一方で、自分もこういうふうに忙しい外来などで患者さんに接してきたことがある、という事実に愕然とするのです。
 明らかなイヤミや拒絶がダメなのはもちろんのことですが、こういうカウンセラーの「自分の都合のいいように話を持っていこう」とか「早く話を終わらせよう」という心の中の動きは、ちゃんと伝わってしまっているのだなあ、と痛感しました。
 実際のところ、医療現場では「またその話…」という状況が多いのも事実なんですが。

 ただ、(1)に関しては、話の内容は首尾一貫していないようですが、治療のプロセスとしてはアリなのではないかなあ、と思います。
 たとえば、どうしてもタバコを止められないで悩んでいる人に、「止めなくてもいいから1日10本までにしようよ」から、時期をみて「もうタバコは止めたほうがいいよ」と変えていくように。

 医療の現場に限らず、世間には自称カウンセラーというか、「よく悩み相談をされる」人ってけっこういますけど、実際に、(1)言っていることを途中で変える (2)決め付けなる (3)他者と比較する、というこの3つのダメなカウンセラーの条件にあてはまらない人って、どのくらいいるのでしょうか?
 
 いろいろ考えてくれる人は、かえって何も言葉にできなかったりもしますし、本当に、他人の話を聞くというのは難しいことです。
 こういうことは、あまり考えすぎずに他人に接したほうが良いのかもしれませんが、何を言っても相手の主観で「ハラスメント」と判断される時代でもありますからね…