福良雀の日記

2018年12月01日(土) 本当につらいのは術後2日間(術後日記です)

貯血・・・

術前に血を抜いて手術後に戻してくれる・・・

そんな事を10月中旬に行い、その月の月末(10/31)に手術、夕方に戻されました。

手術を終えて3週間と3日後に退院をしてまいりました!

右腕に点滴用の針を刺されていたのですが

それがなんと2本。

手術前に

背中に管を差してしばらく刺さりっぱなし

とか

術後に寝返りが自由に打てない


などなど、決心を固めねばならないことがたくさんあったのに


術前に

 浣  腸  を、されたり

点滴の針が2本とか

飲食一切丸一日以上禁止とか


つらい事はまだ山盛りあった。


けど、それらは手術を受けると決めた事を後悔する要因にはならなかった


術後・・・それはぬるりとやってくるんですよ


***術後の周辺ラインナップ***


術後酸素マスクが邪魔

短いスパンで行われる検温と血圧測定の為に腕につけっぱなし

心電図のコードが胸回りにまとわりついて

指には脈拍を図る計測器

背中に麻酔が切れた後痛み止めに使う管

術後の傷口に血液が中にたまらないようにする管

尿道に管

点滴と自分の血を戻される

足には血栓ができないようにエア圧でマッサージできる布帯が巻かれてる


一番不自由だった時のフル装備↑


一ミリも動かせない

夕方の4:30には意識を取り戻したので何もない所で人の気配と痛みでうつら・・・とは出来ても寝られるわけがなく。

「痰は吐いてくださいね。一応吸引機は用意しておきます」


・・・・痰??

風邪の時も上手く出せないのにどうやって??

そもそもなんで痰??


何を言われても良くわかってないし、

けど探求心(ツッコミ)もないので「はい」としか返事しなかった


後から知ったけど術前に
「麻酔の吸入器を管で入れるので口の中とか喉とか痛いですよ」と、説明を受けていたらしい。


術前に



じゅつまえに( ;∀;)


あのですね。
入院は手術一日前からだったのですが。

手術の件について説明されてたし、紙ももらったんですよ。

紙に書かれたことは理解できたんですよ(その割に痰と吸入器の関係は忘れてたけど←紙に書かれてた)


口頭説明が8割くらい理解できてなかった当時 (^_-)-☆


なんせ地元で受けなかったもんで(手術)


お隣の県に遠征で手術・入院です


方言が違うですよ。

先生は標準語だったし、あんまり会話もしなかったけど

看護師さんは普通に方言で話しかけてくるので


(´・ω・`) 何言ってるの?


って事がたびたびありました。

そのうえ手術前の緊張でしょ?聞き逃しも多いし。


一つ取ってもボケかましてるのですよ。

情報処理が追い付いて来たのが術後翌日(11/1)でした


多分ね、頭が追い付いてない方が考えを深くできないから良かったんだろうし
看護師さんが何を言ってきても「はい」だけを脊髄反射で言ってられたと思うんだ・・・


だんだん不自由な体が理不尽に思えるんだ

点滴が終わると流れる警告音とか、廊下の音とか、話し声、お見舞いの人の話し声とか、耳に付くんだ


ちくしょう!!!←理不尽に当たってるってわかってる所まで含む


けどね?


動けないときに看護師さんが

「体とか背中、拭かせてくださいね」とか

管が入ってるおしっこのパックに集まってる物の始末とか

傷口の血液を採集兼ねて持って行ってくれるとか


そんなの何度かお世話になるたびに



ごぉおおめんねぇぇええ!! (*´Д`)マジごめん!!


こんなおばちゃんの醜いムダ毛がぼうぼうの体の世話をさせてごめん!!
尿とかごめん!!

おむつとか付け替えさせてごめん!!


なんて事が半日で大量に押し寄せるともう、本当に何も言えない、言っちゃならん。


それでも手術が終わって2日後が一番つらかった。

看護師さんが検診に来てくれるときとか、配膳をしてくださる方とか、掃除をしてくださる方とか、その時々でお願い事をして身の回りにあってほしい品物を入れたバックを取ってもらってから後、携帯もできるようになったし、入れておいた3DSLLでゲームもやってたし、見られるように移動してくれたTVも見たんですが


もう一切そういうのに心が動かされなくなってきたのが2日目

11/2が一番地獄でした

体が一ミリも動かせない。
出来た尚はリハビリの人がマッサージしてくれた時だけ

TVチャンネルが地元より少ないのも拍車

ゲームはもともとやる気がなかったし

ケータイは電池切れを恐れてあんまり使えないし


とにかくもう何もする気が起きなくて

そのくせ色んな所が痛いから(何が痛いのか分からないけどとにかく両足)

気持ちがふさがるし


そのうえ

本来午前で外してもらえる

背中の管
傷口の管

が、午前を過ぎようと言う時間になってもしっかり体の装着されてた。


他の管やら点滴やら心電図は看護師さんが取ってくれたんですが

「すみません、最後のこれらは先生じゃないと取れないのです」とか。

で、その先生は

「救急が入って、そちらの処置が終わってからじゃないと来られないと」

うそだろ・・・・


あたい、11/2から歩く運動できるんだよね??

昨日来たリハビリのお兄ちゃんからそう聞いたぞ???


午前中、マジ泣きしそうなおばさんでした。


が、

別のリハビリの人(女性)が

「そうなんですか?でも、今日外れるんですよね??明日から(11/3)2日間リハビリはお休みになっちゃうんで、今日何としても患者さんを動かしてあげたいんですよ。」

と、言ってくれた時に

午前中、マジ泣きしそう(2回目)


「わかりました。でしたら先生の処置が終わったら(尿以外の管を外す)一度私に連絡ください。もう一度リハビリに参ります」

と、言ってくれた

良い人でした。( ;∀;)

看護師さんから「わかりました、先生がいらして外れたらご連絡します」と言質を引き出してくれたのでおばさん、涙をこらえて待てましたよ


結果として午後一くらいに先生が処置してくれて、リハビリの方がその一時間後にもう一度来てくれて

「とりあえず土曜日と日曜日のお休み前に歩くところとトイレの入り方だけ覚えちゃいましょう」と、訓練してくれた


歩く前にベットの上で足をどう移動させ、歩行器にしがみつくか、
歩く前に足踏みをして自分が今から歩くんだよと教えてあげてくださいとか、

手術受ける前には当たり前に出来てたことが何一つできなくて。


足って自力で動かせないとあんなに重いものだと知らなかった


やっちゃいけない事だけは何度も言われて

やっとでベットから降りて(リハビリの方の介助付き)歩行器に手をかけるまでは問題はなかったんですが(右足は普通に使える)


足踏みが問題



左足に力が入らずにがくんと崩れる始末


その際、「病衣」がパジャマタイプじゃなくて浴衣みたいなので

支えるために持つのが おむつ でした


なんか、うんそうだよね。そこしか掴めないよね。

なんか屈辱 ( ;∀;)

その日に自力でトイレまで行けるようにしたので(看護師さんの手助けを借りたのは1回だけで済みました)管も取ってもらい、体がやっとで自由になりました



その時思ったのが


人間は動くために作られとる


でした。


自由に動く体って素敵ですよ。


・・・まぁ、自由ってのには程遠くはなりましたがね(´・ω・`)


こっから自堕落生活が始まるわけです(^_-)-☆


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