月の輪通信 日々の想い
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昨日の事。 夕方ゲンが一泊二日の宿泊学習から帰ってくる。 うちへ遊びに来ていたKちゃんを迎えにきたKちゃん母が、 「いま、小学校のほうで大型バスの音がしていたよ」 と教えてくれたので、 「わ、予定よりずいぶん早く着いたんだなぁ」と慌ててトッポで迎えに出た。 通学路の一本道では小学生の姿をみる事も無くて、あらら?と思っていたら、小学校には既に人っ子一人子どもが居ない。知り合いのお母さんが、 「もう、とっくに帰ったんだってさ。」と聞いてきてくれた。 一本道で、入れ違いになる事はないはずなのになぁと家へ急ぐと、途中の畑のところで近所のI さんのおじさんが飛び出してきて、大きく手を振っている。 「いやぁ、すんません。お兄ちゃんここに、いたはります。私が呼び止めてちょっと寄り道させてしまいました。」と言われる。 見ると、首からタオルを掛け、リュックを背負ったままのゲンが、ニコニコ笑って手を振っている。 「さっきお母さんの車が前を走っていかれるのが判ったんやけど、呼び止めるのが間に合わなくて・・・。実はね、ゆすら梅がたくさん実ってね、息子さんにちょっと食べてみんかと思って・・・」 畑の奥にある2本の木に真っ赤な小粒の実がたくさんなっている。実った枝を重そうにしなって、なんだかとっても美味しそうだ。 「うちのモンじゃ、とてもたべきれないんでね、よかったら摘みにきてくださいよ。さくらんぼほど甘くはないけど・・・」 既にゲンはナイロン袋を貰って、たくさん摘ませてもらっていたらしい。 「おかあさん、いいお土産ができたよ」 とへらへら得意そうに笑っている。 「あらら、それはそれはすみません。」 I さんにお礼を言って、ゲンを車に乗せる。 ゲンから貰ったゆすら梅は、本当によく熟したさくらんぼのような赤色で、食べると酸味の利いたさわやかな甘さが美味しかった。
で、今日の事。 父さんの車で I さんの畑の前を通りかかったら、今度は I さん、小さいお孫さんたちと一緒に畑仕事をしておられた。 「昨日はどうも。ゲンが珍しいもの頂きまして・・・」とお礼を言ったら、「やぁ、ちょっと車を停めて、皆で摘んでおいきなさいよ。」といってくださる。同乗していたアプコは大喜び。たまたま自転車で通りかかったアユコも便乗して摘ませていただく事にした。
I さんの話によると、その昔、戦争前には私市の駅の近くには大きなゆすら梅農園があったのだという。 季節になると、お客にカゴを持たせて自由に摘ませる観光農園のようなことをしていたのだそうだ。 戦争になって、食糧事情が悪くなったときに、いっぱいあったゆすら梅の樹は除けられて、畑にされてしまったけれど、その時抜いたゆすら梅のうちの2本が今もこの畑でたくさんの実を実らせているのだという。 「あの時は、村の旧家の何軒かが同じようにゆすら梅の木を貰って引き取ったんですよ。だから、きっと私市のあちこちにこれと同じ木がまだ残っている筈なんです。」 と I さんが教えてくれた。 今はぎっしりと住宅が立ち並ぶ駅前辺りの一体どこにゆすら梅農園があったのだろう。 由緒正しいゆすら梅の老木には、枝いっぱいに赤いルビーの粒がひしめくように実って、子ども達はナイロン袋に集めるのももどかしく、木から口に直接運んでは嬉しそうに笑う。 まだ2歳くらいの小さいほうのお孫さんが、種を取ってもらった果実を何度も何度もせがんで、口を尖らせる。 「この子、何ぼでも食べよるわ。」 と根気よく種を取っては孫の口元に運ぶ I さんもまた、なんだかとても嬉しそうだ。
実のなる木がうちにあるっていいなぁと思う。 その木の下に集って来る人がいるから。 うちの「猫の額」にもまた何か植えようかしらん。 日当たりがわるいもんだから、以前に植えたブルーべリーのようにビックリするくらいすっぱい果実が出来ても困るんだけどね。
アプコのお友だちのKちゃんのお母さんから、大輪の透かし百合を貰った。 Kちゃん宅の庭で今朝最初のつぼみが開いたばかりだという。 がっしりと立派な花茎に10個近くのつぼみがついていて、切花にしても順々に開花していくそうだ。 「あらら、わるいわねぇ、ありがとう。でもせっかく咲いたばかりなのに、気前よく切ってくれちゃって、ホントにいいの?」 と聞くと、 「いいのいいの、庭に植えてても、家の者しか見ないし、花を切っても球根は残るからまた来年咲くしね。」という。
Kちゃん母の庭のポリシーはすっきりしている。 植えるのは四季咲きのバラと百合だけ。 たまにKちゃんむけにプランター植のいちご苗とか近所のおじさんが気まぐれにくれたかぼちゃ苗を居候させたりする事はあるが、そのほかの植物はほとんど植えない。地植のバラの肥料分を横取りするからといって、パンジーやペチュニアなどのポピュラーな草花も植えない。 バラが開花の時期を迎えると、余分のつぼみはどんどん摘心してしまい、残したつぼみが膨らみかけた所で、惜しげもなくパチンパチンと切ってしまって、近所の友だちや通りかかった知り合いに、「持って帰って」とあげてしまう。たくさんの種類をそろえた百合も、最初のつぼみがほころびかけると、パチンと切って「ほいよっ」と誰かに上げてしまう。 誠に気前がいい。 だから、Kちゃんちの庭自体にはいつもほとんど花の色が無い。 「ホントに貰っちゃっていいの?お庭が寂しくならない?」と何度も何度も聞くのだけれど、どうやら開花が始まったらパチンと惜しげなく切ってしまうのがKさんの庭作りの習性らしい。 長く開花させないほうが元の株や球根を疲弊させなくてよいのかもしれないけれど。
工房の茶道の稽古日になると、義母がパチンパチンと花バサミを鳴らしながら我が家の庭へ訪れる事がある。 「なんか、お茶花にいいお花、ないかしらん?」 茶室の掛け花入れに毎回飾っておく茶花は、ほんの数輪でよいのだけれど、洋花はダメだったり、茶室周りの目に付く所にある花はダメだったり、なかなか選択が難しい。特に庭に花が途切れる冬場などには結構茶花の調達には苦心をする。 たった一輪ようやく咲いたばかりの水仙とか、季節の終わりに咲き残った名残の小菊だとか、ちょっぴり愛しい思いでめでている花も義母の所望にあうと泣く泣く摘み取って献上しなくてはならないときがある。 実際、義母はあまり自分のうちの庭仕事には熱心ではない。季節の変わり目ごとに「なんか植える花を買いに行かなくっちゃねぇ。」と、玄関のからっぽのプランターを指して言われるけれど、差し迫って自分に買いに出かけようとはなさらない。他所から頂いた珍しい植物も、最初の花を見ると後は興味を失っているようだ。 宿根の植物も一年草も区別無く、花がなくなると雑草と一緒に抜いてしまったりするので、なかなか育たない。 どうやら義母の思う花壇とは、お茶花調達用の冷蔵庫のようなもので、花つきで買ってきた宿根草も、一回分のお茶花に花を切って使ったら、後の株には来年の花はあまり期待していないように思われる節がある。 それはそれ。 その人の庭作りの習性。
春の終わり頃から、パラパラといろいろな種類の花の苗を買った。 マリーゴールド6株、サルビア4株、トレニア5株、アメリカンブルー1株、フクシア1株、カンパニュラ2株、バーベナ4株、ブルーサルビア2株、ペチュニア3株、星咲きフロックス4株。 今年の春は種まきに失敗が多かったので、夏から秋に向かい、庭が寂しくなりそうな気配だったので、あちこちの園芸店で数株ずつ、自分の好きな定番の草花をいろいろ買い込んだ。 そのうちの半分以上は、園芸店の片隅で開花の盛りを過ぎたり、切り戻しをサボって徒長したりした「お買い得見切り品」だ。 私はこういう落ちこぼれ株を格安で買って帰って、挿し芽をして殖やしたり、結実を待って来年用の種子を取ったりするのが好きである。 新しい株を買うときにも、「こぼれ種でよく増える」とか、「挿し芽で殖やせる」とか「植えっぱなしでも毎年花をつける」とかそういうキャッチフレーズにめっぽう弱い。 庭の草引きに出ても、こぼれ種で発芽したビオラの幼株やランナーでやたらと増えるワイルドストロベリーの子株も、抜きかねて残してしまうので、なんともまとまりの無い雑然とした混植ガーデンが出来上がる。 誠に貧乏性のガーデニングである。
自分の好きな花、頂き物の株、どこからか紛れ込んできた名も知らぬ草花。 行き当たりばったりに植えた脈絡の無い花たちが奔放に生きている。 野放しの様相の我が家の花壇。 今年はどこぞやでみた花壇と雰囲気がにてきたぞ・・・とつらつら考えてみて思い出した。 私が小学生の頃、実家の母が社宅の庭で細々と楽しんでいた小さな花壇。 マリーゴールドもサルビアも、そして近頃ではあまり見かけなくなった星咲きフロックスも、あの頃どこの庭でもよく見かけたちょっと懐かしいにおいのする懐メロフラワーだ。 どうやら歳を食うと庭の好みも幼い頃を回帰しがちになるらしい。
ゲン、淡路島への宿泊学習に出かけた。 天候はあいにくの曇り空。これから雨が降るという。 地引網体験やキャンプファイヤー、ちゃんとできるといいのになぁ。 昼前からしっかり雨降り。 久しぶりにお洗濯物は部屋干しだ。うっとおしい。
午後、アプコの下校時間を見計らって、歩いて迎えに出る。 久しぶりに歩く雨の山道はしんと静かで、木々のこずえを打つ雨の音と傘に当たる水滴の音、そして砂利道を歩く自分の足音が耳に静かに染み込んで来る。 時折、ホトトギスの鳴く声がする。 雨もいいなぁと思ったりする。
坂をぐんぐん下っていったら、向こうのほうから小さい子どもの声が聞こえてくる。 妙な節がついてるなぁと思っていたら、やっぱりアプコの歌声だった。 赤い傘をくるくる回しながら、大きな声で鼻歌を歌いながら歩いてくる。 友だちとさよならして、ひと気のない坂道を歩きながら、一人で楽しげに歌っているのだ。普段は照れ屋で、「歌ってよ」と乞われると大概笑って隠れてしまうアプコなのに、一人ぼっちだとこんなに大きな声で歌っているんだな。 アプコはまだ、カーブのこちら側で立ち止まっている母の姿に気がつかなくて、上機嫌で調子っぱずれの裏声で楽しげに歌っている。 かわいいなぁ。 歌っている歌は小学校の校歌だった。
母の姿を遠くに視とめて、ぴゅーっと駆け出してくるアプコ。 ランドセルがカタカタ鳴って、横にぶら下げた給食袋が大きくゆれる。 「おかあさん、あのね、今日は音楽があったよ」という。 「あ、そう。じゃ、今日は小学校の校歌、習ったでしょ?」 「へ?何で知ってんの?」 アプコは自分がついさっきまで習ったばかりの校歌を大きな声で歌っていた事をすっかり忘れている。 「さぁねぇ、なんでかねぇ。」 と誤魔化すと 「皆が歌ってるの、お家まで聞こえた?ね、大きな声だったでしょ?上手やった?」 と繰り返し聞いてくる。 「うんうん、上手やった。」 と調子を合わす。
母の知らないところで、友だちと歌を歌い、大きな声で本読みをし、のぼり棒に挑戦するアプコ。 学校に居る子どもの行動の全てを家に居る母にはわかるわけがないのに、アプコはどこかで、自分の歌う歌や本読みの声や校庭での汗の全てを母が見聞きして知っているように思い込んでいる。 幼いアプコのささやかな思い込みが本当は私には嬉しかったりする。 まだまだ、私とこの子のへその緒のつながりが消滅していないような気がして・・・。
毎日。好天気が続く。 「ただいま」と帰ってきた子ども達が冷蔵庫へ直行する事が多くなった。牛乳と冷やしたお茶の消費量がぐぐんと増える。 また夏がくるんだな。
「おかあさん、今日の宿題、本読みぃー!」とアプコが飛んでくる。 一年生の宿題といえば、ノート1ページ分のひらがなの練習と簡単な一ケタの足し算のプリント、そして国語の教科書の本読みだ。 ほんの数行の文章を音読みしては「本読み表」に読んだ回数と保護者のサインを記入する。 本読みとはいいながら、授業や宿題で何度も何度も繰り返し読む文章はほとんど暗記していて、教科書がなくても暗誦できるくらいになっている。 ちゃらちゃらと教科書を片手でぶら下げて、歌うように節をつけて教科書の文章を繰り返し読む。
「おかあさん、この文章ちょっと嫌いなんだよ」アプコが浮かない顔で教科書を見せる。 「ともだち いるよ/いっぱい いるよ/いちねんせいだよ/みんな みんな/あっはっはっは/いっぱい いっぱい」という単元。「ちっちゃい『つ』」といわれる促音を始めて習うページらしい。 「『いっぱい いっぱい』でお話が終わるのって、なんか変だなぁ。ここじゃなくて、どこかほかのところに入れたほうが読みやすいのに・・・」 と不満そうに言う。 「それにね、『あっはっはっは』っていうのもね、『は』が一回多いんじゃないかな、なんか変なんだ。」 どうやら繰り返し本読みを繰り返すうちに、読みにくい発音や言葉のリズムの合わないところが出てきて、それが気になって仕方がないらしい。 確かに普段アプコが音読するのを聞いていると、なんだかいつも同じところで微妙な違和感を感じたり、微妙にリズムが外れたりして気にかかる箇所がある。 ようやく五十音を学んだばかりの一年生にも、文章のリズムの心地よさや、素直に書かれた文章の面白さを味わう力は確かに育っているのだなと改めて驚く。
「国語の本ってね、他にもへんなところがいっぱいあるよ」 と、さらにアプコが教えてくれた。 「さるの だいじな/かぎの たば。/げんかん うらぐち/まど とだな/どれが どれだか/わからない」 これは、濁点のつく文字を習う「かきとかぎ」という単元。 「なんでこのお話には『かき』は出てこないのに、『かきとかぎ』っていう題なんだろう。『さるのかぎ』でいいのに・・・。」 確かに隣のページには、「猿とザル」などとともに、濁点のあるなしで意味のかわる言葉として「柿と鍵」の挿絵も載せられている。 大人の視点からすれば、「かきとかぎ」は挿絵も含めたその単元の名前であって、お猿のお話の題名ではないので、なんの矛盾もない。 けれども、「かきとかぎ」という題名をふくめて何度も何度も音読する子どもにとっては、なんだか余分のものがくっついたへんてこりんな題名と感じられるらしかった。
アプコの指摘にしたがって、久しぶりに一年生の国語の教科書を初めからじっくりと読んでみる。 特に新入学当初の単元は、文字の数そのものも少なくて、一ページにほんの数行。きれいな挿絵はあるものの文章の内容そのものには、あまり面白みも驚きもなくて、なんだかなぁと思ったりする。 子ども達が普段手にする絵本や赤ちゃん向けの絵本などの中には、同じくらいの文字数でも、もっともっと文章そのもののリズムや音読の楽しさに配慮された文章がたくさんあるのになぁ。
えらい先生たちがたくさん集まってお決めになる天下の教科書だ。 これはこれなりに、いろいろと教育的な配慮がたくさん盛り込まれた優秀な教科書なのだろうとは思うけれど・・・。 初めて文字を習う子ども達と同じ目線で、同じくらいたくさん音読して、同じくらい新鮮な思いで評価、改良された教科書であってほしいなぁと思う。
「ひらがな、ぜーんぶならったよ!」と新しいことを学んできた事を嬉々として母に語ってくれるアプコ。 「へんな教科書」に躓くことなく、学ぶ楽しさをいつまでも持ち続けていて欲しいと心から願う。
日曜日のお茶会の準備に忙しい。茶室の庭や工房の玄関の掃除に精を出す。 「若葉茂れる」のこの季節になっても、茶室の垣根の根元や植え込みの中には落ち葉がいっぱい溜まっている。小型の熊手やブロワーで掻きだして集めて谷へ捨てる。秋の落ち葉かきは、木の葉の量も大量で大掛かりな作業だけれど、この時期の落ち葉かきは量は少ないけれど入り組んだ枝の間や石組みの中に入り込んでいて、手間と根気が必要だ。 地面に膝をついて几帳面に小さな落ち葉まで拾い集める義母と違って、何かと大雑把な私に春の落ち葉かきはあまり向いていないように思う。 この時期の落ち葉はほとんどが常緑の木の落ち葉。秋に色づいてワッと葉を落とす落葉樹と違って、常緑の木は新しい若葉が出揃った頃に静かにハラハラと古い葉を落とす。 後進の成長を見届けて人知れずハラハラと地に落ち朽ちていく。常緑の樹のその静かなたたずまいが、私はなんとなく好きだ。お掃除するのは苦手だけれど・・・。
5月27日(金)ゲンの自転車 前編 ゲンの自転車はオニイのお古のマウンテンバイク。ボディも錆さびだし、前カゴもひん曲がっている。おまけにサイズもそろそろ小さくなってきそうだ。「新しい、自転車が欲しいなぁ」といいながら、どうせ買うなら次は中学の通学にも使える大人用のシティサイクルを・・・とサイズが合うようになるのを待って、なんとか乗っている。 小学生の男の子にとって、マイちゃりんこは結構大事なアイテムだ。特に我が家は友だちの家や学校などから少し離れた山の中にあるので、遊びに行ったり習い事に出かけたりするのに自転車は重要な「足」でもある。
今日、ゲンの自転車が壊れた。 友だちの家に行く途中でチェーンが外れ、おまけに外れたチェーンを噛んで変速機の金具が捻じ曲がり、後ろのタイヤが全く回転しなくなった。 困ったゲンを見かねて近所のオニイの友だちのMくんちのおじいちゃんが故障の具合を見てくださったのだけれど、どうにも直せない。ふだんの整備不良のせいでチェーン付近の錆もひどく、がっちり食い込んでしまったチェーンはなかなか外れもしない。 「これはダメかも知れんなぁ。」との宣告を受けて、ゲンはそのままMくんちに自転車を置かせてもらい、後ろ髪を惹かれる思いで友だちとの約束の場所に歩いて向かったのだという。 後で聞くと、Mくんのおじいちゃんは若い頃自転車屋さんを営んでおられたそうで、元プロフェッショナルのご託宣とあらば、本当にゲンの自転車は再起不能となるのかもしれない。
炎天下に動かなくなった自転車をずるずると引きずって歩き友達の家まで走ってたどり着いたお疲れのせいか、愛車を失った喪失感のせいか、ゲンは意気消沈してしまい、とうとう夜の剣道を休んでしまった。 後で自転車を引き取りに言ったMくんのうちで、帰り際におじいちゃんから「こんなになるまでに時々油でも差して手入れしてやらにゃぁ。」とお小言を言われたのも胸にズシンと堪えたようだ。 あまりの落ち込みように、「しょうがないなぁ、ちょうど誕生日も近いことだし、新しいのを買うか?」と提案してみたりもするのだけれど、ゲンは愛車を壊してしまった自分を責めるばかりで、なかなか表情が晴れない。 取り合えず来週、ダメもとで自転車屋さんに修理に出す事にする。
5月30日(月)ゲンの自転車 後編 昼間ゲンが学校に言っている間に父さんがゲンの自転車を車に積んで、近所の自転車屋へ持って行ってくれた。 自転車屋のおじさんの口ぶりでは変速機の部品が一つダメになっているので、新しい部品を取り寄せる事になる。直せない事はないけれど、すぐに成長して乗れなくなる事を考えれば、部品代をかけるよりは新しい自転車を買ったほうがよくはないかという話だった。そのお店にはおじさんが修理整備したピカピカの中古の自転車も安く売られていて、金額だけ考えればおじさんの言う事ももっともだと思われる。 「新車を買う」 「新しい部品を購入して修理する。」 「変速機を外してしまって『変速機なし』で間に合わせる」 3つの選択肢が示されたが、どれも最善とも言い切れず、ゲンの帰宅を待って自分で決めさせる事にして、持ち帰ってきた。
あんなに新しい自転車を欲しがっていたゲンのことだから、新車購入の話に二つ返事で飛びつくかと思っていたけれど、結局ゲンが選んだのは代替部品を取り寄せて、古い自転車を修理してもらう事だった。 「やっぱり新しい自転車を買うのは、大人用の自転車に乗れるようになってからにしたいんだ。」 小さい頃からオニイのお古ばかりでおニューの自転車を買ってもらった事のなかったゲン。ぶつぶつ文句を言う事も多かったけれど、彼なりにおんぼろになった自転車への愛着もあるのだろう。 廃車寸前の古い自転車に高価な代替部品はもったいないかなぁとも思いつつ、ゲンの意見を尊重して再び自転車屋さんに持ち込むことにする。
夕方、自転車屋さんからの電話。 明日は定休日だから、今日のうちに取りにきてくれないかという。 部品を取り寄せると聞いていたのでもっと日数が掛かるかと思っていたので、あわててゲンと一緒に直行する。 「ありあわせの部品でなおしてみたんやけどなぁ、これで勘弁してくれるかなぁ。」 自転車屋のおじさんは、新しい部品を取り寄せる前に手持ちの中古の部品でなんとか修理を試みてくれたらしかった。てっきり廃車の運命かと諦めかけていたゲンにとっては、部品が中古だろうが新品だろうが、贅沢はいえない。 おじさんがからからとペダルを回すと、軽やかにタイヤが回り、変速機がカタンカタンと動き出す。 「わ、直ってる!」と大喜びのゲン。 「こんなもんでええかなぁ、部品は中古やけど・・・」と気にするおじさんに、「いいよ、いいよ」と二つ返事。 「あー、この子はなかなか融通の利く子やなぁ。」 とおじさんの方もあっさり大喜びするゲンに感嘆しておられる。 「あと1年半、頑張って乗ろうと思ってた自転車でね、直していただいてとっても嬉しいんですよ。よく直してくださいました。 と重ね重ねお礼を言う。
「お代は1000円、貰っていいかな。」 あらかじめ聞いていた新品の部品代の数分の一。 何度も汚れた自転車のタイヤをはずして、あれこれ整備に時間を割いてくださったはずなのに、手間賃も含めてたったそれだけしか請求されなかった。 そればかりか、「中古なのに部品代貰って悪いね。」というような口ぶりにただただ恐縮して頭を下げる。 さっそく乗って帰りたいというゲンに「気ぃつけて乗りや」と笑って自転車を引き渡すおじさんは、最後まで「今度新車を買う時には・・・」という言葉を言わなかった。 商売っ気のないおじさんだなぁ。
「快調!快調!」 ビューンと自転車を飛ばして帰ってきたゲンの晴れやかな笑顔。 「よかったねぇ、あの自転車屋のおじさん、ただもんじゃないね」 自転車を直してもらった嬉しさとともに、ありあわせの材料で鮮やかに古い自転車を再生させる確かな職人技に心温まる思いをさせていただいた。
「今夜はごちそう」というとき、自分の食べたいものよりはオニイやゲンの好物のメニューを思い浮かべるようになったのはいつからだろう。 自分の普段着の服を買うよりは、アユコのスリムなジーンズを買うほうが楽しくなったのはいつからだろう。 花屋の店先で、自分の好きな儚げな草花よりはアプコが欲しがる原色のチューリップの球根やいちご苗を選ぶ事が増えたのはいつからだろう。 自分の誕生日より子ども達の誕生日の方が嬉しく思えるようになったのはいつからだろう。 5月25日、誕生日。42歳になった。
手作りのカード、庭で摘んだ花束、夕食の一品、おめでとうのメール。 子ども達からの思い思いのバースデイプレゼント。 数日前から続く「お母さん、何が欲しい?」というリサーチの質問を、「別になんにいらんよ。」とさらりとかわして通してみた。いつもなら、靴下とか文庫本とか、子ども達にも選びやすい手ごろなリクエストを提案してみたりするのだけれど・・・。 自転車を飛ばして隣町のショッピングセンターまでプレゼント探しに行ったけど何も買えなくて「ごめんな」とメールをくれたオニイ。 「あたし、母の日とか父の日とかお誕生日とか、やらないことにする」と勝手に宣言して、夕食のお吸い物を手作りしてくれたアユコ。 「いつ渡そっかなぁ。」と数日前から作っていたらしい手作りのポップアップのバースデイカードを得意げに差し出すゲン。 庭の草花を摘んでくるりとリボンで束ね、「はい。お母さんのために摘んできたの」と笑っている調子のいいアプコ。 どの子もその「プレゼント」の選び方に、その子なりの一生懸命考えた成果と個性が溢れていて楽しかった。 「いつも同じもので悪いけど。」 と父さんがくれたのは陶器で作ったバレッタ。 いつもこの時期はお茶会の準備や個展の作品製作で大忙しのはずなのに、家族にも仕事場の人たちにも見つからずに、いつの間に焼いてくれたのだろう。 青空に木々の梢のシルエットの浮かぶ美しいバレッタは、普段アクセサリー類は身につけない私が唯一愛用する髪留めだ。
「お前が生まれたとき、お母さんは産褥熱というやつで死にそうになってな。」 父は私の誕生の日のことを語るときに、いつも最後に付け加えた。 「もしあの時『母親と生まれたばかりの赤ん坊とどちらを助けたい』と聞かれたら、悪いがお母さんを助けてもらいたいと思ったよ。」 初めての出産で生命の危険に曝された妻と、生まれたばかりの赤ん坊。 そうだなぁ、男親だったらきっと妻を選ぶだろうなぁと納得しつつ、何度も何度も聞かされるうち、父に「最優先の一番」に選ばれなかった誕生の瞬間をなんだかつまらなく思えた時期があった。
よく、ドラマやなんかで死の病につくヒロインが自分の生命に代えても愛しい人の子どもを生みたいという設定があるけれど、実際には残されるものにとってはしんどい話だなぁと思う。女にとっては生まれてくる子どもは十月十日ともに過ごした自分の分身のようなものだけれど、男にとっては子どもは女の生命の残り火を独り占めして生まれてくる異星人だ。慣れぬ育児の困難さや、その後の生活の束縛を考えると、「赤ん坊より母体」は至極当たり前の選択だろうと今は思う。
それは男親に限った事ではなく、女親にとっても基本は夫婦なのだと近頃思うようになった。 「この子の命とお前の命、どちらを選ぶか」といわれたとき、私は迷わず子どもの命と言うだろうか。私はその子の母であると同時に他の子たちにとっても母であり、父さんにとっての妻でもある。自分なき後の家族のことを思うと、迷わず「子ども」とも言いがたい。 子ども達は可愛いけれど、いつか巣立って自分の家庭を築いていく者達だ。 どこかで夫婦の絆からは離れていく子ども達を「お前が一番」の最優先に選ぶ事を私はしないだろう。
次女を病気で失おうとしていたとき、父は私に 「しっかりしろ。かわいそうだが赤ん坊はお前の子どもの4分の一だ。ほかのの3人の子どもたちのために、しっかり赤ん坊を看取れ。」 と叱ってくれた。 母が子を「自分の命と引き換えにしても救いたい」という美談を、現実問題としてはすっぱりと切り捨てて、生きている今の家族を守り続ける。 そういう決断の方法を父は私に教えてくれたのではないかと思うようになった。
「まず夫婦ありき」 私はあの日の父のように、ときどき子ども達に言う。 「一番大事はお父さん。子ども達はその次よ」 子ども達にとっては、自分達が「いつも一番」ではないという事はつまらないことかもしれないけれど、子ども達にとっての「いつも一番」になる相手はいつまでも父や母であってはいけない。 子ども達がいつの日か出会う生涯の伴侶のために、「あなたが一番」のポジションはあけておいてやらなければならないのかもしれない。
今朝、一番に実家の父母から電話があった。 たまたま、うちにいたオニイが電話を取って、「お母さんに『誕生日おめでとう』を伝えておいて。」と私に取り次がせる事もなく電話は切れた。 「子どもは巣立っていくもの」といいながら、40を過ぎた娘の誕生日の朝に「おめでとう」のメッセージをくれる父。 その少し距離を置いた、言い捨てるような愛情表現がいかにも頑固な父らしい。嫁いだ私が築いてきた今の家族の「一番」をそっと見守ってくれているのだろう。この歳になってもまだまだ、父母には大事に育てて頂いているのだなぁと思ったりする。 ありがたい。 私もそんな母でありたい。
朝早く、オニイが修学旅行に旅立った。2泊3日沖縄の旅。 パイナップルも大嫌い、アウトドアも苦手。暑さにはバテバテのオニイだけれど、友だちとワイワイ過ごす3日間はさぞかし楽しいことだろう。 どうやら沖縄の天候は3日ともあまりよくないようだけれど。
おんぼろトッポのワイパーの調子がよくない。 といっても、老朽化したゴムを新しいものと取り替えればいいだけなのはよくわかっている。 助手席側のゴムは少し前に交換したので、調子がいい。今度は運転席側のゴムが古くなって、水滴をぬぐっても微妙に視界に水滴が残る。かといって、今すぐ交換しないと不便というほどでもなくて、ついつい交換を伸ばしのばしにして現在に至っている。
「お母さん、これって微妙にイライラするね。」 久しぶりに助手席に乗ったアユコがフロントガラスを指差す。几帳面なアユコは片方だけ微妙に水滴の残る車窓が気になって仕方がないのだ。 ふと思いついてアユコにへんてこりんな謎をかける。 「ねぇ、アユコ、アンタはどっちのワイパーの気持ちが分かる? こつこつ一生懸命仕事をして自分の所はきれいにしているのに相棒のせいでなかなかきれいにならないと思っているそっちのワイパーと、自分なりに一生懸命やっているつもりなのにできのいい相棒の仕事と比べるといつも自分の方が見劣りしていると思っているこっち側のワイパーと。」 アユコはう〜んとかんがえていたけれど、 「どっちも分かる。両方かな。」 と当たり障りのない答えを返した。
ホントは、アユコは出来のいいワイパーのほうなんじゃないかな。 何でも一生懸命で、そこそこ器用だからたいていは人から褒められるような結果が出せて、自分のやった努力にはやった分だけの成果が感じられて・・・。 それだけで充分「出来がいい」娘なのだけれど、時々この子は一生懸命やってもなかなか結果が出せない人の痛みをあまりよく知らないんじゃないかなぁと思うことがある。 努力をしさえすればそれなりの結果は当然ついてくるものと思っていて、出来ないのはその人の努力不足のせいだと思い込む。 そういう一直線の真面目さが、他人のダメさを許容できない堅さになる。 もしそんな固い思い込みがアユコの中にあるのなら、どこかで柔らかく突き崩してやらなくてはと時々思う。
「お母さんっていう仕事はね、どっちもちゃんと分かってないと務まらない仕事だとつくづく思うわねぇ。 みんなと同じ努力をしているのにちゃんとできない子もいるし、言われなくても何でもちゃんと出来ちゃう子どもも居る。 どっちも自分の子どもだから、おんなじように大事に抱えていかなくちゃならないもんねぇ。」 今はまだ、アユコに本当に教えたいことを母の「自分への戒め」という形で謎をかけて伝えておく。 賢いアユコは母の謎かけの意味をいつの日かもう一度自分の中で問い返す事をしてくれるだろうか。 雨の日のおんぼろワイパーの中途半端な仕事振りを見たときに・・・。
| 2005年05月21日(土) |
銀ちゃんアリとダンゴ虫 |
山の中に住んでいるせいか、いつまでも子どもの食べこぼしがなくならないせいか、この時期になると必ず家の中にアリが発生する。 「あちゃーっ、アリが出たよ」とあわてて食品庫のお菓子や調味料の密封を確認し、部屋のあちこちの食べこぼしやお菓子のかけらを一つ残らず掃除機で吸い込む。そそくさと蟻用の殺虫剤を買ってきて、蟻の侵入口とおぼしき床面にべたべたと並べ立てる。 毎年毎年のお決まりの大騒ぎ。
「あ、そのアリさん、殺したら駄目!」 一掃処分の残党の蟻を見つけて指先でつぶそうとしたら、アプコが慌てて止めに入った。 「そのアリさん、もしかしたら銀ちゃんアリかもしれないでしょ。」 去年、アプコが飼っていた金魚の銀ちゃんが死んで、庭の隅に埋めておいたら翌日アリがたくさんたかっていた。 「銀ちゃんは死んでしまったけれど、銀ちゃんの体を食べて今度はアリの赤ちゃんが生まれてくるのよ。」と教えたら、生まれてくるアリはきっと「銀ちゃんアリ」なのねとアプコは納得したようだった。 もうずいぶん前のことだから、すっかり忘れているだろうと思っていたら、はっきり覚えていたのでびっくりした。 「銀ちゃんを食べて生まれてきた銀ちゃんアリをつぶして殺してしまったら、銀ちゃんはどうなるの?」 かさねてアプコに問われて、テーブルの上に見つけたアリをぷちっとひねりつぶす事が出来なくなってしまった。 「う〜ん、どうなるんだろうね。よくわかんないからこのアリさんは外に逃がしてあげようね。」 命拾いした小さなアリをメモ用紙の端っこでそっとすくって、窓の外にピッと飛ばした。
その後、父さんとアプコと3人で買い物に出かけた。 車中で父さんにアプコの銀ちゃんアリの話を教えて、「ふぅん、アプコも小さいなりにいろんなことを考えているんだねぇ」と二人で笑う。 「不用意にアリ一匹もつぶせないね」と話をしながらスーパーに着いた。 駐車場で車から降りたアプコ、さっそく足下の地面に何かを見つけてしゃがみこむ。 「ダンゴ虫だぁ」 あらら、ほんとだ。こんな所に居たら車に轢かれちゃうねと言おうとしたら次の瞬間、いきなりアプコがブンとダンゴ虫を踏み潰した。
え?! 今さっき、「アリ一匹もつぶせないね」と言っていた父さんと私は突然のアプコの暴挙にしばし呆然。 「あ、つぶしちゃったのね・・・。」 「かわいそ・・・」 当のアプコは父母の驚愕に気づきもせずに、自分の靴裏をひっくり返して自分の踏み潰したダンゴ虫を確認している。 「だって、あたし、ダンゴ虫嫌いだモン。」
ああそうですか。 幼い子どもの「生命への畏敬」なんて所詮そんなモンですかね。 父も母も、あっけらかんとしたアプコの変わり身に、なんだかがっかりしたような、ちょっとホッとしたような。
小学校の授業参観。
アプコ、ひらがなの授業。 小さい子ども達が背中をぴんと伸ばしてよそいきのおすまし顔で緊張して授業を受けている様は可愛い。中高生になるとさすがに、デレンとねじれたままひじを突いてよそ見をしていたり、先生の話を聞こえない振りをしてカッコつけたりする子も出てくるのだろうけれど、さすがにぴかぴかの一年生の始めての参観日というのはなんとも初々しい。 心なしか参観する保護者の皆さんまで姿勢がよくなって、私語や雑音も少なない気がする。 お利巧さんね。
ゲン、「石」という詩の授業。 実はT先生の同じ教材での授業を、オニイの参観の時にも見せていただいていて、ああ懐かしいという想いでじっくり見せていただいた。 「いろんな欠点や弱点がいっぱいあってもいいんだよ。 足りない所を補いながら、自分のことを大事に大事に思っていてもいいんだよ」というT先生のおおらかで優しいメッセージが伝わる授業だった。 クイズやら工作やらダジャレやらを織り交ぜた楽しい授業に、子ども達も後ろの保護者もぐっと引き込まれるように気持ちのいい時間を過ごさせてもらった。 授業の最後に、一人の男の子が 「これ、国語の授業とちゃうやん」 と大きな声で発言した。 「国語の授業」という形を借りて、T先生が一編の詩に寄せて贈ったメッセージの意味を、ちゃんと受け止めて呑み込むことの出来る力を子ども達はちゃんと持っているんだなぁと思う。 「よい授業というのは子どもの心を耕す」 学生時代に聞いた言葉を思い出した。
誰にもあまり好かれていなくて、私も「苦手だな」と思っている人がある。 ちまたの評判は確かによくないけれど、私自身は直接にはその人から嫌な思いをさせられたというわけではなくて、何で私がその人のことが苦手なのかその理由ははっきりしない。 今日、その人がはっとするような素晴らしい発言をする瞬間に居合わせた。 その発言の詳細をここで書く事はできないけれど、一人の人間を見るときに、他人の言う評判や偏った一面からだけの判断で全てを分かった気になってはいけないのだなと気がついた。
学校という所は、子にも親にもはっとするような輝かしい学びの瞬間をいつも用意してくれる場所であって欲しい。 そういう学びの空間に、今日も触れさせていただけた事が嬉しい。
オニイとアユコ、中間テストの結果が帰ってくる。 初めての定期テストで、ドキドキしながら試験勉強をしていたアユコ、思わぬ高得点を持ち帰ってきて得意げに父母に見せる。 こつこつと計画を立てて、一つ一つ確実にこなしていくアユコの日頃の努力あればこそ。良し良し。 かたや、オニイ。 浮かない顔でPCの画面をにらんでいる。 「今回はずいぶん頑張って試験勉強したぞ」と言っていたのに、結果はあまり思わしくなかったらしい。三年生になって、オニイも今までよりはずっと頑張っていたけれど、まわりもみんな急に頑張るようになってきてるんだよ。 アユコの弾んだ声が癇に触って、イライラをあたりに吐き散らすオニイ。 あ〜あ、また落ち込んじゃったよ。 デキる妹をもつととオニイは辛いね。
「かあさんは、また僕とアユコを比べるやろう。」とオニイが言う。 私自身は学校の成績の良いアユコと努力がなかなか点数につながらないオニイの事を、比較して叱ったりせきたてたりしているつもりは無いのだけれど、長男として後を追ってくる弟妹達のデキをいちいち気にするオニイから見ると、中学に入って急に間近に追い上げをかけてくるアユコの存在はやはり鬱陶しい脅威なのだろう。 本当は妹と比べて卑下したり落ち込んだりしているのは、母ではなく、オニイ自身のプライドなのだ。
あのなぁ、オニイ。 母にとっては、どの子にも一番輝いているように見える時があってな。今はもしかしたテストで高得点を取ってくるアユコが一番キラキラ輝いて見えるかもしれん。時には絵を描いたり物を作ったりすることに熱中しているゲンがキラキラ輝いて見えるときもある。 もちろん君にだって、これまでに何度もひときわキラキラと輝いて見せてくれたときがあったんよ。
人はね、学校の成績がよくて輝くこともある。 学校の成績はさっぱりだったけど、社会に出て仕事を始めたらイキイキと活躍できるという人もある。 幼い子どものときに、その才能や能力がひときわ輝きを放つ人も居る。 ことさら、目だった輝きはないけれど、日々の静かな営みや穏やかでやさしいその人柄が、時を経て次第に輝きを増す人も居る。 もしかしたら、一生涯いいとこなしで、本当に人生の間際になってようやく小さな輝きを放つ人も居るかもしれない。
たまたま今の君にとっては、アユコは輝いて見えるかもしれないけれど、 母が本当に見ているのは今だけのアユコじゃない。今だけの君じゃない。 これまでだって、母は君が一番輝いていたときをいっぱい知ってるよ。 アユコが凹んでペシャンコになってるときだって知ってるよ。 それから、君やアユコがこれから先、もっともっとキラキラ輝くときがくるだろうという事もちゃんと知っているんだ。 今の君、今のアユコだけを見て、比較したり見下したり誉めそやしたりを母はしない。 どの子も同じくらい大事。 どの子にも同じくらい期待してる。 どの子も母の希望の星なんだ。
オニイ、そんなに落ち込むな。 悔やむなら、アユコと比べて卑下するのではなく、自分の力不足や努力不足をまっすぐに悔やめ。 君はいつ、輝く?
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